EURO2008 最前線BACK NUMBER
あの素晴らしいドイツはどこへ?
text by
熊崎敬Takashi Kumazaki
photograph byTakuya Sugiyama
posted2008/06/30 00:00
点差は1点、残り時間も10分以上もあるというのに、ドイツ人はそそくさと席を立ち始めた。出口への通路は家路に着く人々で渋滞し、残った人々も押し黙ったまま戦況を見つめている。
巨大なスクリーン2台が用意された、ミュンヘンはオリンピアシュタディオンでのパブリックビューイング。スペインとの決戦を観ようと、実に7万人近いファンがつめかけた。
2年前のワールドカップ以来、この新しい観戦スタイルはパーティ好きが多いドイツにしっかりと定着した。飲んで歌って大騒ぎして、勝利とともに街の目抜き通りに繰り出すのだ。だが、最大のパーティとなるはずの日曜日の夜、ミュンヘンとドイツ中はお通夜のような重い空気に包まれた。パーティを取り上げられ、感情のやり場を失った人々が、空ろな表情を浮かべて夜の街をさまよっていた。
「イタリア人やスペイン人と異なり、彼らは地に足がついている」
ドイツ人は、しばしばこのように評される。
だが、ユーロの期間、ドイツに滞在したことで、彼らが感情に揺さぶられる人種であるということを痛感した。
「あのポルトガル戦の素晴らしいドイツ代表は、どこへ消えたのでしょう!」
終盤、実況は悲痛な声を上げていた。
実際、3対2で強敵を葬り去った準々決勝は絶賛の的になった。
「我々に恐れるものは何もない」
強気の言葉が国中に充満したのである。
だが、ポルトガル戦のドイツは3点を奪ったが、守備の脆さは相変わらずだった。終盤、1点差に追い上げられ、冷や汗をかいた。
強敵を破ったことで人々は舞い上がり、目の前にあるはずの問題点を見失ってしまったのだ。
つまり、二軍のトルコに大苦戦した準決勝とスペインに完敗した決勝は、ベストマッチとされるポルトガル戦と同一線上にある──。僕はそんなふうに考えている。
とはいえ、これはすべてが終わってから言えること。
フェルナンド・トーレスのゴールが決まるまで、僕はドイツの勝利を疑っていなかった。根拠はない。楽観的なドイツ人の中にいたら、自分まで楽観的になってしまったというだけのことだ。
ブラジルには「負けたときこそ反省を」という格言がある。これは勝ったときは浮かれてしまい、問題を忘れてしまうという人間の真理を言い表している。
ブラジル人とは正反対と思われるドイツ人でも、勝利に舞い上がってしまうのだ。