チャンピオンズリーグの真髄BACK NUMBER
『PSV×ミラン』という名の名作。
text by
杉山茂樹Shigeki Sugiyama
photograph byTomohiko Suzui
posted2005/05/09 00:00
試合後、プレスルームのモニター画面には、ヨハン・クライフが登場し、地元オランダのテレビ局のインタビューに対して、口の回転滑らかに多くのコメントを発していた。その理解不能なオランダ語を耳にしながら、頭にふと過ぎったのは、かつて、彼自身の口から直に聞いた名言である。「勝つ時は汚くても良いが、負ける時は美しく」。
チャンピオンズリーグ準決勝第2戦。PSVは、まさにクライフの理想を地でいく敗者像を、地元フィリップス・スタジアムに鮮やかなまでに描ききった。画面越しのクライフも、さぞご満悦だったに違いない。
アンブロジーニが、アウェーゴールを叩き出したのは、ロスタイムに入った91分。この瞬間、ミランの勝利は99%動かぬモノになった。ロスタイム表示は3分だったので、残り時間はあと2分。勝負ありの瞬間だ。PSVが、そこから2点を奪い返すことは、PSVファンとてイメージしなかったろう。負けを実感し、落胆して押し黙るのが普通である。欧州人の一般的な気質からすれば、帰路につく人がいても不思議はない。
しかし、この日のフィリップス・スタジアムは例外だった。アンブロジーニのゴール後、10秒も経たぬうちに、スタンドは大歓声に包まれたのだ。まだ行ける!PSVのファンは、意気消沈しているだろう選手の背中を力一杯後押しした。
感動はさらに続く。直後の92分、フェネゴー・オフ・ヘッセリンクがヘディングに競り勝つと、フィリップ・コクーがその落下点に現れ、鮮やかなボレーシュートをミランゴールに叩き込む。もはや言葉は出ない。残りは1分、PSVは渾身の力でミランゴールに迫る……。
まさに感動のフィナーレだった。満員の観衆は全員総立ち。ミランサポーターも例外ではない。スタンディングオベーションはいつまでも続いた。
アウェーゴールルールが、試合を上品に捻る絶妙な隠し味になっていたことは確かながら、試合に勝ったのはいったいどちらなのかと、一瞬、戸惑うほどだった。PSVが敗者であることが、スタジアムの様子からは信じ難かった。というより、その瞬間、勝ち負け話や、イスタンブールで行われる決勝戦の話は、もうどうでもいい問題になっていた。
滅多に拝めない美しいノーサイドだった。両ブラジル人GKは、ピッチの中央で強く抱き合い、お互いの健闘を讃えあった。カフーやアレックスもそこに加わった。先制ゴールを叩き出したパクチソンは、ミランの闘将、ガットゥーゾと目が合うや、ユニフォームを迷うことなく交換した。敗軍の将であるヒディンクのもとには、マルディーニ以下、ミランの選手たちが次々と歩み寄り、敬意を表すような面持ちで、固い握手を交わした。
チャンピオンズリーグの真髄というより、スポーツそのものの真髄に触れた気がした。欧州映画の名作にも共通する文学的な香りすら漂う、格調高い稀に見る名勝負。たとえ25日の決勝戦が大凡戦に終わっても、僕はもう充分幸せだ。今季に何も文句はない。