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審判の「7つの大罪」とレアル・マドリーの意地。 

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木村浩嗣

木村浩嗣Hirotsugu Kimura

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photograph byGetty Images/AFLO

posted2005/04/27 00:00

審判の「7つの大罪」とレアル・マドリーの意地。<Number Web> photograph by Getty Images/AFLO

 4月23日、ホームでビジャレアルに逆転勝利を収めた翌日、「ゴンサレス・バスケスの7つの大罪」と題する異例の抗議文が、レアル・マドリー公式ウェッブサイトに載った。

 ゴンサレス・バスケスはその試合の主審。サムエル、ジダンがレッドカード、ミッチェル・サルガドは累積で次節出場停止となるイエローを出された。抗議文は、ペナルティーその他でレアルに不利な判定があったことをクラブとして正式に表明したものだ。

 レアル・マドリーは紳士のチームである。

 潤沢な予算にモノを言わせ有望な若手を引き抜きスターを買い漁り(ビッグクラブはすべてそう)、弱肉強食の世界の頂点に君臨しながらも、サッカー界の盟主たらんとするプライドは捨てていない。判定に抗議しないという内規もその表れ。レアル・マドリーたるもの敗戦や苦戦の責任を審判になすりつけるのはみっともない、という訳だ。

 その紳士が禁を破らざるを得なかったところに、リーグ大詰めの緊張が象徴されている。

 審判の犯した「7つの大罪」とは以下のとおりだ。この試合を生で見た私の見解(判定が正しければ「○」、間違っていれば「×」)と合わせて紹介しよう。

(1)37分、パボンのフォルランへのペナルティー。私の見解:「△」。

 リケルメのパスを受けたフォルランの足元にパボンがスライディングタックル。両者がもつれ合って倒れた。ボディーコンタクトは明らか。問題はパボンが最初にボールに触った(ボールをクリアしその勢いで相手を倒した)か、触っていない(単に足を引っ掛け倒した)かだ。生で見た印象はペナルティーだが、別アングル、スローモーションで見るとパボンはかかとでボールを触り、その後フォルランと接触している。つまりペナルティーではないとも考えられる。

(2)49分、ロベルト・カルロスのシュートに対するハンド。私の見解:「×」。

 ロベ・カルのシュートをハンドで止めたではないか、という主張。シュートは明らかに手に当たっている。問題はそれがわざとかどうか。打撃から守るため顔や体を覆った手にボールが当たった場合は、ハンドではない。このケースでは腕を伸ばしているので、「打撃から守る」とは通常解釈されない。これは判定ミスだ。

(3)66分、リケルメのオフサイド。私の見解:「?」。

 リケルメとフォルランがキーパーと2対1になりながら、信じられないことに決められなかったシーンの直前のプレー。リケルメへのパスがオフサイドではないか、というのだ。パスの瞬間、遅れてパボン(?)がラインを上げリケルメが飛び出す。スローモーションでもストップモーションでも明らかにならない非常に微妙なプレーだ。

(4)72分、サムエルへの2枚目のイエロー。私の見解:「×」。

 空中で競り合った際にサムエルの肘が相手に当たっている。が、2枚目のイエローに値するほど激しいプレー――たとえば肘撃ち――とは思えない。本来、ルールの適用に差あるべきではないが、退場を意味する2枚目の警告には通常、心理的なブレーキがかかるもの。そうした光景を見慣れている側からすると、この判定は厳密過ぎる。私はミスジャッジだと思う。

(5)86分、ミッチェル・サルガドへのイエロー。私の見解:「○」。

 カウンターを防ぐために反則を承知で、ミッチェルは相手の腿を蹴っている。ボールを競り合っての接触ではない。「もっと激しいプレーがあったのに罰せられなかった」とはレアル・マドリーの言い分だが、本当にそうなら「もっと激しいプレー」について具体的な指摘があるべき。私が審判でも迷わず警告を出す。

(6)90分、5分間のロスタイム。私の見解:「○」。

 3、4分のはずが5分とは長過ぎるという主張だ。が、74分に決まったミッチェルの逆転ゴール直後の交代で、レアル・マドリーはロナウドとオーウェンを代えるのに2分をかけている。ルシェンブルゴが交代要員のフィーゴとエルゲラにたんまりと指示を与え、さらにその途中でラウールを呼んで話し込むなどの遅延策のせいだ。また、後半だけで両チームが交代枠を使い果たしたことを考え合わせると、5分は妥当ではないか。

(7)95分、ジダンへのレッドカード。私の見解:「○」。

 ラウールとキーケ・アルバレスとの揉み合いに、全然プレーに関係のないジダンが猛然と飛び込み、平手打ちの応酬で一発退場。「プレーが止まっているときに相手の顔を平手打ちした」と、審判が試合録に記述したとおりのプレー。この判定のどこがミスなのか理解に苦しむ。

 以上、私がミスジャッジと思うのが、(1)、(2)、(4)だが、スローモーションでも判定が難しい(1)を「大罪」と呼ぶのは大袈裟であり、審判が可愛そうだ。“2つの大罪、1つの罪”とでも改題すべきだろう。

 リーグ大詰めでタイトル争いは心理戦に入った。

 先々週のレバンテ戦、このビジャレアル戦と、レアル・マドリーは今季初めてバルセロナよりも先に試合を組み、勝ってプレッシャーをかける作戦に出た。だが、バルセロナもヘタフェとマラガに大勝し差は縮まらなかった。

 残り5試合で6ポイント差と後がないレアル・マドリーは、ジダン、サムエル、ミッチェル(累積警告)を出場停止で欠き、今週末アウェイで苦手のレアル・ソシエダと戦う。対するバルセロナは、降格がほぼ確実なアルバセーテをホームに迎える。バルセロナはレアル・マドリーの結果を知ってから戦うメリットがある。心理的圧力を受けるのは今度はレアル・マドリーの番だ。

そうしたあせりが異例の抗議文となり、この試合のイエローカード、レッドカードを懲罰委員会に上訴するという決定となったに違いない。審判の判定に不服がある場合は、懲罰委員会に訴える権利を与えられているが、レアル・マドリーがこの権利を行使するのは、昨年9月以来。これまた異例のことだ。

 とはいえ、私はこのレアル・マドリーのなりふり構わぬ態度に好感さえ抱いている。

無気力プレーで5連敗を喫し、無抵抗のままシーズンを終えた昨季に比べ、気迫のプレーでバルセロナを撃破し、クラブを挙げて逆転優勝のわずかな望みに全力を賭ける姿は何と美しいことか。“銀河系軍団”と茶化すのは失礼だ。

 最後にビジャレアル戦でのプレーについて触れたい。

 チームの闘志を最も体現しているのが、右サイドに戻されたベッカムだろう。精確なエフェクトがかかったセンタリングだけでなく、自陣深くからのドリブルは「華麗」というより「猛進」と表現できるほど力強い。

 今のレアル・マドリーに、ボールを支配し敵を圧倒する力は無い。得点はセットプレー、もしくはカウンターから生まれている。

 組織的なカウンタープラン――たとえばディフェンスラインからボールをもらうボランチ、サイドに流れるフォワード、中・長距離のパスを出すパサーという役割分担――が存在しないチームで、ベッカムのドリブル、ロベルト・カルロスへのサイドチェンジ、ディフェンダーの背後へのパス、サイドからのセンタリング、そしてフリーキックとコーナーキックは攻撃の核となっている。

 2点目を決めたミッチェルも運動量でダイナミズムを与えている。同じサイドのベッカムとのコンビネーションよりも、真ん中でもどこにでも顔を出すアナーキーさが功を奏している。

 自伝映画の撮影用に14台のカメラが待ち構えるスタジアムで、ジダンはきっちり5秒間輝き、ロナウドの同点ゴールをアシストした。が、残りの94分55秒は散々で、一発退場まで食らった。相手ボールを追う走力は無く、簡単なパスをミスする。彼の出場停止は、フィーゴの左サイドでの起用につながるため、プラス面の方が大きいのではないか。その他、ロナウドはゴールをマークし、ラウールはまたもや中盤に下がりプレスをかける“汚れ役”に徹している。

 チームとしてのレアル・マドリーは機能し切れているとは言いがたい。が、不調でも一瞬の閃きで試合を決められるタレントと、何よりも粘り強さがある。クラシコから2試合を消化しても差は縮まらず、逆転優勝の可能性はさらに小さくなった。しかし、意地は見せ続けてほしい。それでこそ、本当のレアル・マドリーだ。

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