ジーコ・ジャパン ドイツへの道BACK NUMBER

2006年 ドイツW杯総括 ジーコジャパンとは何だったのか。 

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木ノ原句望

木ノ原句望Kumi Kinohara

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photograph byKaoru Watanabe(JMPA)

posted2006/07/03 00:00

2006年 ドイツW杯総括 ジーコジャパンとは何だったのか。<Number Web> photograph by Kaoru Watanabe(JMPA)

 また、ドイツ入り直後に負傷で帰国を余儀なくされたDF田中誠に代えて招集したのは、ハワイで休暇中の選手だった。選手の状態を聞けば招集を断念することもあり得ただろうが、それでも呼んだのは、固定化により、他に呼べる手持ちのカードがなかったということではないか。

 しかし、選手の間には体力、技量だけでなく、メンタル面でもばらつきが存在した。ジーコ監督は、オーストラリア戦後からクロアチア戦までの約1週間の練習でも、それまで以上に大きな声で細かい指示を出していた。W杯出場経験のあるGK川口も、チームメイトに大きな声をかけ、MF中田英寿はチームメイトにプレーの注文を出し、全体練習が終わっても1人黙々と調整に励んでいた。いずれも、チーム内の気持ちのずれを察知して、危機感を抱いてのことだったのだろう。

 W杯という最高の舞台で、指揮官に「軽い気持ちで来た選手がいる」と指摘された事実……。「なぜだろう。生活が豊かになって、ハングリーさを忘れてしまったのかもしれない」と川口は言ったが、代表選手として注目を集め、どんなレベルの試合でも代表チームでは上げ膳据え膳の最高級の扱いを受けてきて、選手が自分への厳しさを忘れてしまったのか。本来集大成となるべき大会に来て目の当たりにした現実は、選手を信頼してきたジーコ監督にとって、大きな失望だったに違いない。

 しかしながら、そういう選手を選んだのは彼自身であり、また、本来監督として早くに気づくべき選手の様子に気がつかなかったとすれば、自ら抱いていた選手への信頼と期待の強さが現実を見る目を曇らせていたということではないか。それも、彼の性格であり、監督としての経験不足ゆえということか。

 この4年間は日本サッカーにとってなんだったのか。

 代表チームの帰国後は、一足飛びに次期監督の話題に関心が移ってしまっているようだが、不本意な成績で終えた事実の分析は、監督の経験不足やそれを補うべき日本サッカー協会の作業も含め、しっかりと行わなければならない。今大会で露呈された多くの課題を放っておいては、日本サッカーの将来は穴の開いたバケツに水を入れ続けるようなものになる。その一方で、大会成績とは別に、ジーコ監督が提示した考えるプレーの必要性を再認識することも忘れてはならない。世界とのギャップを埋めるための重要な要素の一つであることは間違いないのだから。

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