MLB Column from USABACK NUMBER
オーナーの裏切りが招いたエクスポス移転
text by
李啓充Kaechoong Lee
photograph byGettyimages/AFLO
posted2004/10/06 00:00
9月29日、エクスポスのワシントンDC移転が決まった。2002年のシーズン前にオーナーのジェフリー・ローリア(現マリナーズ・オーナー)がチームを見捨ててから3年、「MLBの孤児」としてオーナー29人の共同扶養を受けてきたが、ようやく養子先が決まった格好である。
この間、MLBのオーナー達は、「モントリオールは元々野球に向かない都市だった」と、エクスポスの凋落を、同市とファンの不熱心さのせいにしてきたが、これほど筋違いの批判もない。というのも、モントリオールには野球都市としての輝かしい伝統と歴史があるだけでなく(たとえば、黒人初の大リーガー、ジャッキー・ロビンソン、ラテン系選手として初めて殿堂入りしたロベルト・クレメンテもモントリオールでプレーした)、エクスポスが大リーグ一の不人気チームに転落した一義的原因はオーナーの側の不熱心さにあったからである。
エクスポスの人気に陰りが見えるようになったのは95年以後のことであるが、直接のきっかけは94年の労使争議だった。エクスポスはナ・リーグ東地区の首位を独走していたのにシーズンが中途で終了、熱心に応援したファンを落胆させたのだった(シーズン中断時74勝40敗の戦績は大リーグベストだった)。
さらに、94年のストライキ終了後、MLBは、収入の多いチームが少ないチームを財政的に援助する拠出金分配制度を導入したが、財政状態の悪いチームを救済する目的で始められたこの新制度がエクスポスの凋落に拍車をかけたのだからこれほど皮肉な話もない。エクスポスのオーナーは、「選手の年俸を低く抑えておきさえすれば、観客が少なくても分配金で黒字になる」と、次々にスター選手を放出したのである。94年のストライキで夢を絶たれたばかりのエクスポス・ファンにとって、強かったチームをオーナー自らが解体したのだから、これほどの裏切りはなかった。球場からファンの足が遠のいたのも当然である。
やがて、オーナーとMLBは、「チームの経営立て直しには新球場が必要。市の金で建ててくれ」とモントリオール市に要求するようになったが、財政難のモントリオール市にそんなわがままを聞く余裕などあるはずがなかった。「新しい球場を建ててくれねえようなケチな市に居られるか」と、自分達がファンを裏切り続けて来たことを棚に上げて移転先を探すことになったのである。
ワシントンDCが移転先に選ばれた決め手は、同市が4億ドルをかけて新球場を建設することを約束したことにあったが、そもそも33年前に同市がホームチーム(2代目セネタース)を失うことになったのもオーナーの裏切りが原因だった。経費節減のためにスター選手を次々に放出したこと、そして、球場の賃貸条件を巡って市と揉めたことが移転の直接の原因になったことなど、今回エクスポスが移転に至った過程とそっくりの状況があったのである。
ファンに球場に足を運んで欲しければ、まず、応援したくなるような魅力あるチームをファンの前に提供することが大前提であるはずなのに、エクスポスのオーナーもセネタースのオーナーも、その大前提を忘れた挙げ句に自分達の算盤勘定を優先させて長年チームを応援してきたファンを平気で裏切ったのである(この辺りの事情は近鉄・オリックスの合併にも共通する)。
セネタースに限らず、「おらがチーム」を奪われたファンが、裏切ったオーナーを長く恨み続けることは大リーグ史が証明するところであり、エクスポスのファンが、モントリオールを見捨てたローリアを未来永劫恨み続けることは間違いない。裏切られたファンの恨みがどれだけ深いか、以下に、ブルックリン・ドジャース・ファンの実例を紹介しよう。
ある日、作家のピート・ハミルとジャック・ニューフィールドが、20世紀の歴史を巡って論争、その過程で「20世紀の3大悪人は誰か」を相手に見せずに紙に書き出すことになった。二人の答えは、「ヒットラー、スターリン、ウォルター・オマリー」で一致したが、オマリーは、1958年にドジャースをロサンジェルスに移転させたオーナーである。ブルックリン育ちのハミルとニューフィールドにとって、自分達から最愛のチームを奪ったオマリーは、ヒットラー、スターリンと変わらない極悪人として認識されていたのである。
ファンをなめることの恐ろしさを、日本のオーナー達が思い知る日が、いつか来るのだろうか?