佐藤琢磨 グランプリに挑むBACK NUMBER
佐藤琢磨 グランプリに挑む Round 3 バーレーンGP
text by
西山平夫Hirao Nishiyama
photograph byMamoru Atsuta
posted2004/04/07 00:00
「またガーニーですよ……」
パルクフェルメ(車両保管所)から戻って来た佐藤琢磨の第一声がこれだった。ガーニー(フラップ)とは、リヤウイング後端につけるカーボンファイバー製のL字形空力パーツで、これがないとマシンの抑えが利かなくなる。開幕戦オーストラリアで、琢磨がクルサードを追いかけている時にリヤウイングからはずれかかってヒラヒラしていた黒いパーツ、あれがガーニーフラップである。
「ガーニーが取れてマシンが急にオーバーステアになってコーナーを飛び出しちゃった。悔しいですよ」
そう言ってドリンクボトルのチューブをグッと噛みしめる。あれさえなければ……という想いに耐えているようだ。ガーニーフラップさえはずれなければ……表彰台に登っていたのはバトンではなく、琢磨の方だったかもしれない。
しかし、疑問が湧いた。ガーニーフラップがはずれかかっている琢磨をTVが捕えたのは、後半3回目ピットイン直前。コースを飛び出してフロントウイングを傷め、痛恨のピットインをしたのは前半17周目である。琢磨の勘違いだろうか?
詳しい話を聞くのは後にして、ごくろうさんと背中に軽く触れるとレーシングスーツが汗ビッショリ。濡れたぶ厚い布団を着ているようなものだ。その冷たい重さの触感が戦いの濃さを物語っていた。
3戦目バーレーンでの琢磨はこれまで2戦に輪をかけて元気だった。金曜日からじゅうぶんに走り込み、土曜日午前中は4位。勢いはとどまらず、午後の本予選では予選自己最高位タイの5位。サーキット全体を三つに区切ったうちのミドル・セクター“2”では区間最高タイムをマーク。ここは曲がりくねったコーナーが連続するところだけにリズムよく走ることが大事だが、誰よりも速かったのだ。
好調だったポイントはひとつ。予選にいたるまでトラブルらしいトラブルが出なかったのだ。納得が行くまでマシンをセッティングできたことがチームメイトのバトンを抑え、フェラーリ、ウイリアムズ勢に迫れた理由だった。
バーレーンのサヒール・サーキットは安全性を考慮した典型的モダンコースだけに琢磨得意の高速コーナーは皆無で、1速ギヤまで落とすコーナーが4つもある。そこで速かった琢磨は「来る前に想像してたのと違って好きになっちゃいました」と笑った。
決勝レースは得意なスタートを活かし「後ろから来るトゥルーリをうまくブロックして」1コーナーで4位にジャンプアップ。7周目の2コーナーでは「ラルフが『お前退けッ!』とドアを閉めたので頭に来て蹴飛ばしてやった」というインシデントがあったもののマシンにダメージはなく、レース後審議の結果ラルフにイエローカード1枚。その後も順調にバトンを引き連れて走行し、1回目ピットストップ寸前には一瞬トップに立つほど。
ところが17周目のターン14で突然オーバーステアが襲いオーバーラン。洗濯板のような縁石にフロントウイングをこすり、翌周不測のピットインとなって14位まで後退。
しかしそこからジックリ追い上げ、後半にはガーニーフラップがはずれかかるなど苦戦したものの、終盤クルサードを抜き、アロンソの追撃を十数周にわたって抑える健闘ぶりで、自己最高位(2002年日本)タイの5位でフィニッシュした。
さて、問題の17周目だが、TVのリプレイを見る限りではガーニーフラップははずれているようには見えない。しかし、はずれかかる寸前で変形していたことは十分考えられる。琢磨の「飛び出した周以降もあのコーナーにさしかかるとオーバーステアになった」という言葉がその傍証となろう。
それにしても琢磨の奮闘ぶりは多くの注目を集めた。ラルフとの接触時や、クルサードをオーバーテイクした時にはプレスルームで歓声が上がったし、ガーニーフラップがはじれかかると落胆の声に変わった。筆者の単なる印象に過ぎないかもしれないが、レース中いちばんTVに映っていたのは佐藤琢磨だったのではあるまいか?
そうそう、レース後の記者会見で琢磨は突然「ボク何位? 7位ですか? 5位!? そうか5位か」と言い出し、大笑いになった。
自分の順位を忘れるほど戦った佐藤琢磨の次のレースは4月25日、セナ没後10周年を迎えるサンマリノ・グランプリである。