レアル・マドリーの真実BACK NUMBER
ロナウドのスーパープレーが象徴する病理。
text by
木村浩嗣Hirotsugu Kimura
photograph byMarcaMedia/AFLO
posted2005/03/15 00:00
3月9日のユベントス戦。50分過ぎ、センターサークル付近でボールを受けたロナウドは、いったん止まりゴールを見据えると、いきなり突進を始めた。
速い!速い! ドリブルの間はスピードが鈍るのが普通なのに、カンナバロ、トゥラムといった一級のスプリンターがあっという間に置き去りにされる。
しかも、相手ゴールまで50mをトップスピードだ。
ロナウドの爆発力には定評があるが、それはせいぜい10mほどのダッシュ能力だと思い込んでいた私は、彼を見くびっていた。
さらに驚かされたのは、そのフィニッシュ。
スピードをいささかも緩めず、ここしかないというポイントに、左足で刺すようなシュートを撃ち込んだ。
照準の精度は、ブフォンが指先でしか触れられなかったボールが、ファーポストに当たったことが証明している。ゴールの枠内でかつ、キーパーが届かないギリギリのコースは、幅にして実際ボール1個分ほどしかなかったのではないか。トップスピードで走りながら、ごく小さなターゲットを見抜く動体視力も奇跡的なら、上下、左右に揺れる体をコントロールし、動くボールにミリ単位の精度で足をぶつけられるボディーバランスは、超人的としか形容しようがない。
常人(並みのプロ)なら、走りながら撃って当たり損ねのゴロになっていたか、足を止め体勢を整えようとしてカンナバロにアングルを塞がれていたか、のどちらかだろう。
とはいえ、これだけのプレーを見せられても、ロナウドを“世界最高のフォワード”とする評価には抵抗がある。私が理想のフォワードに求めるものと違うからだ。
「フォワード=ゴールを決める者」とすると、決定力(ゴールチャンス数に対するゴール数)でおそらく世界一の彼は、世界最高のフォワードだろう。
が、私はモダンサッカーのフォワードには、得点以外の役割があると思う。
たとえばこの試合のイビラヒモビッチ。
ボールをキープし味方の攻め上がりを待ち、マーカーを引きずってサイドに流れてフリースペースを創り、カシージャスやエルゲラにプレッシャーをかけスムーズなボール出しを妨害する――こうした地味な仕事で彼は立派にチームに貢献していた。
“栄誉を独り占めしないで、汚れ役もやれ”と、道徳的な説教をたれているのではない。ゴールを量産するだけのフォワードを作ることは、攻守におけるチーム全体の効率を考えるとマイナスではないか、と言っているのだ。ロナウドだけがゴールの山を築き、ラウールが汚れ役に徹することは、明らかに攻撃のバリエーションを狭めている。
その一つの証拠が、進行する“ロナウド依存”だろう。
ロナウドのスーパープレーが、ユベントスとの120分間の戦いで、レアル・マドリーがつかんだ唯一の決定的なゴールチャンスであり、この数秒が「FIFA認定の20世紀世界最高のクラブ」のプレステージと“銀河系軍団”のプライドのすべてだった。
後は、いつもの無気力、怠慢……。
ユベントスファンには申し訳ないが、ネドベドが不在で、デル・ピエロ、トゥラムらの力が衰え、新旧交代の過渡期で下り坂にあるユベントスは、全盛期とは比べようもない姿だった。それでも戦略家カッペロは、「試合のリズムを落とし後半勝負」とのシナリオを書き、レアル・マドリーはその筋書きを惰性に身を任せるまま受け入れた。
ワンタッチパスを繋ぎ、大きなサイドチェンジがあり、フリースペースへ走り込み、サイドバックが攻め上がり、1対1ではドリブルで勝負する、といった本来レアル・マドリーに期待される動的な攻めの形は見られず、ロナウドが行方不明になると攻撃自体が消滅してしまう。
象徴的なのは、突進するロナウドを誰もフォローしなかったことだ。
ドリブルするロナウド、背走するトゥラムとカンナバロに比べ、ゴールに一直線に走り込むだけの選手が、スピードで負けるはずがない。追いつけないとすれば全力疾走をしていないのだ。
ビデオを見ると、ベッカムとラウールが遥か後方でプレーを追っているが、あれでは、ブフォンやポストが弾いたこぼれ球を拾えるわけがない。“ロナウドが決めてくれるだろう”という声が聞こえてきそうだ。この安易で人任せな精神状態こそ、試合の主導権をユベントスに譲り渡した、レアル・マドリー全体に蔓延する病理だろう。
もう一つ、ロナウド孤立と言えば、不仲説が囁かれるラウールとのコンビネーションプレーの極端な少なさも気になった。
パス交換は90分間でたったの3回。ラウールがサイドに流れるとロナウドは逆サイドにいる、ラウールが中盤に下がったときはロナウドが前線から動かない。物理的に2人の間に距離があり過ぎるのだ。役割が違うとはいえ、仮にもツートップがこれではゴールチャンスが生まれないのも無理はない。
“銀河系”が崩壊したとすれば、その原因の一つは、皮肉にも、傑出し過ぎたゴールゲッターを擁したことではないか。