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ドラフト会議を作った男 

text by

長谷川晶一

長谷川晶一Shoichi Hasegawa

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photograph byShoichi Hasegawa

posted2004/12/02 00:00

ドラフト会議を作った男<Number Web> photograph by Shoichi Hasegawa

 うららかな日差しの、秋の北鎌倉。

  緑豊かな森林と静かに流れる小川が心地よい閑静な住宅街の一角。男は自室でテレビ中継を見つめていた。この日、40回目のドラフト会議が行われていた。

 ――40回目のドラフト。

 つまり、もう40年も前のことになる。当時、男はプロ野球コミッショナー事務局の職員だった。プロ野球の契約金の高騰とともに、選手を取り巻く「大人」たちの暗躍、裏でうごめく無数の札ビラが社会問題となった。このころ、実在の選手をモチーフに、どす黒い人間の欲望を描く『あなた買います』なる映画が生まれた。

 そんなころ。男はドラフト会議制定の準備に関わっていた。これには、契約金の高騰抑止のほかにも、戦力の均衡化を図る狙いもあった。各球団との調整や何度も試行錯誤を繰り返し、1965(昭和40)年11月17日、ようやく実現に至った第1回ドラフト。そして、それからおよそ40年経った同日。今年もまたドラフト会議が行われている。

 第1回ドラフトで指名された主だった選手は、通算317勝の鈴木啓示(近鉄)や後にタイガースの監督を務めることになる藤田平(阪神)、ホームラン王、打点王ともに3回獲得した長池徳二(阪急)、そして現ジャイアンツ監督、堀内恒夫らがいる。

 男は黙ってテレビ画面を見つめている。その手元には、最新の「野球協約」が置かれている。モニターの中では、野間口貴彦(シダックス)、那須野巧(日大)、ダルビッシュ有(東北高)らが続々と指名されている。その中には、楽天に指名された一場靖弘(明大)の名前もあった。

 「裏金問題を起こさないように、公平なシステム作りを、という思いでドラフト会議が生まれたのに…… でも、逆指名制度に自由獲得枠。そんなシステムが導入されれば、再び問題が起こるのは自明のことです……」

 男は静かにコーヒーカップを手にした。

  コミッショナー事務局を定年で退局してから、すでに十数年。70歳を過ぎた今、「プロ野球の危機」を目の当たりにするとは思わなかった。

 「人身売買」のそしりを受けながら、何とか実現にこぎつけたドラフト会議とは一体なんだったのか? 抽選用のクジや資料作りに神経をすり減らし、指名が予想される選手のプロフィールを何度も確認し、直前には決まって寝つけない夜を過ごしたあのドラフト会議とは一体なんだったのか?

  「ドラフト会議を作った男」。

  私がそう言うと本人は断固として否定する。

  「私はただ、事務局員として与えられた仕事をしただけです。あくまでも組織を挙げて成立させたのであって、私は事務局員として自分の職務を全うしただけなんです」

  第1回ドラフト会議の開催に携わった人は、ほとんどの者が鬼籍に入った。制定時の理念を知る者も今や少ない。さて、この先のドラフトはどうなっていくのだろう?

  「事前に談合のようなことが行われるのなら、ドラフトはもういりませんよ。でも、もし、残すのならば、選手会の言うウェーバー方式の導入がいちばんいいんでしょうね……」

  画面には、昨年にひき続き、今年も一度も使われることのなかった、真っ白い抽選箱が映し出されていた。

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