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ダルビッシュ有 クール&ホットの二面性こそ最大の魅力。
text by
阿部珠樹Tamaki Abe
photograph byNaoya Sanuki
posted2008/03/19 00:00
「日の丸のユニフォームとか、オリンピックといわれても、正直、実感がないし、あんまり興味もないんですよ」
2007年のペナントレース開幕直後に話を聞いた時、ダルビッシュ有はそんな話をしていた。その男が、同じ年の12月、日本代表のエースとして、オリンピックアジア予選最終戦のマウンドに立っていた。試合では2点を取られたが、要所は抑え、日本チームの勝利に大きく貢献した。
ペナントレースでは、奪三振王に輝き、勝ち星、防御率でもトップを争って、本格派の投手に与えられる沢村賞を受賞した。クライマックスシリーズ、日本シリーズでは4試合に登板して、3勝1敗。これだけの活躍をすれば、疲労が残るのは当然である。おそらく台湾でおこなわれたオリンピック予選での状態は、シーズン中の7割、8割がせいぜいだったろう。
それでも先発の責任を果たし、マウンドを降りたあとは、1球ごとに大声援を送ってチームを盛り上げていた。
開幕直後のクールなダルビッシュと、オリンピック予選で見せた熱いダルビッシュ。いったいどちらがほんとうのダルビッシュなのかと、疑問に思わないでもない。
しかし、よく考えれば、相反するダルビッシュは、決して矛盾しているわけではない。ダルビッシュは、目の前に敵が見えた時、はじめてその闘争心を全開させる選手なのだ。抽象的な戦いへの決意、相手への対抗心などはほとんど持たない。徹底して具体的な男なのだ。
ダルビッシュが打たれた相手を見ると、ひとつの傾向が浮かび上がってくる。プロ入りする前に対戦経験のある打者、以前どこかで顔を合わせたことのある打者に、不思議と力んで一発を浴びることが少なくない。
典型が昨年の日本シリーズ第5戦。決勝点になる犠牲フライを打たれたのは、大阪のボーイズリーグで顔見知りだった平田良介だった。
「子どものころからの顔見知りには打たれたくないという気持ちが強くなりすぎて、コントロールが乱れるところがある」
ボーイズリーグ時代を知る人の指摘である。
その一方で、世間的な名声、前評判にはほとんど動じない。初対戦する評判の強打者、国際舞台で活躍経験のあるベテランなどといった選手に、「位負け」することはまずない。
仮に相手がバリー・ボンズやイチローでも、その名前にビビってしまうようなことはないだろうし、敵の顔が前にあれば、躊躇なくエグい球を投げ込むはずだ。そこに、この男の魅力がある。