Number700号記念特別企画 No.1アスリートの武器BACK NUMBER
ダルビッシュ有 誰にもまねのできないしなやかな強靭さ。
text by
阿部珠樹Tamaki Abe
photograph byNaoya Sanuki
posted2008/03/18 00:00
日本では投手を形容する時、「豪腕」とか、「鉄腕」といった表現を使う。快速球を投げ込む豪腕、連投にも耐えるタフネスが売り物の鉄腕と、いずれにしても「硬質な強さ」がよい投手の条件とみなされているところがある。
しかし、ダルビッシュ有の投球を見ていると、試合終盤でも150kmを超える快速球を投げ込む抜群の能力を持っていながら、硬質なイメージはない。あるのは革製のムチのようなしなやかな強さである。そこが従来の豪腕、鉄腕とのちがいだ。
金田、稲尾の昔にまでさかのぼらなくても、近年日本とメジャー双方で活躍している野茂英雄、松坂大輔と比べると、ダルビッシュにはほかの投手にないしなやかな強靭さがあるような感じがする。野茂や松坂の強さは伝統的な日本の豪腕、鉄腕であり、傑出した成績の裏につねに故障への危険もはらんでいる。ところがダルビッシュは、プロ入りした当初こそ、肩の不調に伸び悩んだこともあったが、ここ1、2年は投げれば投げるほどコンディションが上がってゆくような錯覚さえ覚えてしまう。
その典型が昨年の日本シリーズだ。第1戦で13三振を奪い完投勝利を挙げたダルビッシュは、中4日で登板した第5戦も、コントロールに苦しみながら、相手打線を7回1失点に抑えきった。シーズン中にほとんど経験のない中4日という休養で、コンディションは決してよくなかったように思えるのに、あれだけの投球ができたのは、「しなやかな強さ」の賜物だといえる。
「遅れて出てくるので、シャッターのタイミングを合わせるのがむずかしい」
ダルビッシュを撮影しているカメラマンの多くが指摘することだ。腕の出方が遅いのは、いわゆる「球持ちがよい」ことで、打者からすると、投球の出どころが見えにくく、また、近くで投げられる感じがするので、当然タイミングを合わせるのがむずかしい。同じ球速でも、ダルビッシュの投球がほかの投手よりも威力があるように思えるのは、その柔軟性、しなやかさのせいなのだ。
「ひじから先が強靭で、まねできない」
ニューヨーク・ヤンキースの抑えのエース、マリアノ・リベラを評して、ある日本人投手が語っていたが、ダルビッシュの球持ちのよさにもリベラと似たひじから先の強靭さを感じる。
つまり、野球世界の中で、必要にして稀有な身体的資質を、ダルビッシュはすでに備えているということになる。
3年連続のリーグ優勝をめざすチームの柱としてはもちろん、オリンピックでの活躍も期待されるダルビッシュだが、それに応えられるだけのフィジカルな条件は、十分に持ち合わせているのだ。