チャンピオンズリーグの真髄BACK NUMBER
今季CLが見せた「欧州のトレンド」。
text by
杉山茂樹Shigeki Sugiyama
photograph byMarcaMedia/AFLO
posted2005/06/17 00:00
今季、観戦した22試合の中でもっとも印象に残る試合は、ミラン対PSVの準決勝になる。決勝のミラン対リバプールも確かに名勝負だった。後半、3−4−3に変更し、攻撃的に打って出たリバプールが、3連続ゴールで同点に追いついたシーンも忘れがたいが、伏兵度でリバプールに勝るPSVが、ミランに対して善戦健闘した試合は、それ以上の衝撃だといえる。通算スコア3−3(第1戦=2−0、第2戦=1−3)。ミランがアウェーゴールルールの恩恵で辛勝した試合だ。
通算スコア2−2から、ミランに絶望的なアウェーゴールを奪われ、3−2とされた後のPSVの戦いぶりが、何より印象に残る。エンターテインメントは、これがあってより高級なモノに仕上がった。コクーのボレーシュートで3−3とし、さらに4点目を狙い攻め続けるPSV……。「フィールド・オブ・ドリームス」を彷彿とさせる名作だった。フィクションの映画ではなく、目の前で起きた事実であることが、さらなる感動を呼んだ。ここまで、僕の心をハッピーにさせてくれた試合も珍しい。
その舞台には、2人の韓国人も重要な登場人物として名を連ねていた。隠し味としてこれ以上のモノはない。とかく語られることの多いのはパク・チソンになるが、この試合を解く鍵を握っていたのは、左サイドバックのイ・ヨンピョだったと僕は見る。
彼は、サンシーロで行われた第1戦から、定位置より遥かに高い位置に張って構えた。左のサイドバックというより、左ウイング然としたアタッカーに変身していた。ヒディンクの狙いは何か。ミランの右サイドバック、カフーを封じるために他ならない。後ろで守るのではなく高い位置で「守る」。イ・ヨンピョは「香車」の突進を抑えるために、張られた「歩」のような役回りといえば、分かりやすいか。それはまさに将棋的。欧州という舞台を踏まえればチェス的だった。
ヒディンクの狙いはズバリ決まった。カフーがカフーらしさを発揮したケースは稀で、つまりカフー以外に右のサイドアタッカーがいないミランは、右サイドをPSVに制圧される形になった。
しかしそれでも僕は、この準決勝のヒーローは、カフーだったと信じている。思い出して欲しいのは、第1戦、終了間際にミランが2−0としたシーンだ。もう少し詳しく言えば、右45度の位置で、カカがボールを受けた瞬間の話である。カフーはその時、右サイドをダメ元で疾走した。パスが来ないと分かっていても、敢えてカカを追い越すように攻め上がった。案の定、カカからカフーへボールは渡らなかった。しかし、カカに1対1で対峙していたコクーは、その瞬間、2割ほど重心をカフーの走る左サイドに傾けた。カカがシュートを放ったのは、その瞬間である。おそらく半ばダメ元だったに違いない。
もしカフーが、右サイドを疾走していなければ、コクーはカカの一撃を身体の正面でブロックすることができただろう。しかし、実際は踵だった。カフーを気にしたがために、シュートを完全に遮断することができなかった。コクーの踵を経由したカカの一撃は、結果的にゴール前で構えるトマソンへのアシストになった。トマソンがプッシュした瞬間、一人歓喜するカフーの姿は、僕には忘れられない光景だ。
このゴールが結局、最後までPSVに重くのし掛かかることになった。イ・ヨンピョは攻撃的な発想に基づきカフーを止めた。決定的な仕事はさせなかったように見えた。このシーンをテレビ画面がどこまで捉えていたか定かではない。カフーの動きが画面外だった可能性はある。だからこそ生で見た僕は絶賛したい。カフーの真髄を見た気がした。
しかし、世の中がイ・ヨンピョ的な方向に流れているのは間違いない。今季は、高い位置で相手を止めるプレッシング系サッカーが、あちこちで加速度的に増加した。リバプールはその代表格で、優勝には必然を感じる。
もっとも、この点もテレビを通じてどこまで伝わったか疑問だ。プレッシングにもっとも不可欠な要素となる高いバックラインの位置取りは、画面を通しては伝わりにくい。カメラのアングルとピッチの関係を考えれば、これは大いにあり得る話と言っていい。リバプールがべた引きで構える守備的なチームに見えたとしても不思議はない。
ふとした瞬間に、スッと上げるセンターバックのラインコントロールは、お見事と言うしかない。司令塔は最終ラインにあり、といいたくなる試合を、今季はあちこちでたくさん拝ませてもらった。それもまたテレビに映りにくいところなのだけれど、その点に注意を払わない限り、欧州のトレンドは正確には伝わりにくい。
その観点に立てば、リバプールのCB、キャラガーの存在は大きく見える。彼はシーズンの最初と最後で別人に見えるほど、有能なディフェンダーに成長した。テリー、ファーディナンドで決まりといわれるイングランド代表のCB争いにも割って入れるだけの力をつけたと見る。
最後に、今季の原稿を締めるに当たり、僕が選ぶベスト11を紹介させて頂きたい。もちろんキャラガーも含まれています。
GKチェヒ、DFカフー、テリー、ヒーピア、キャラガー、MFバラック、カカ、コクー、ジュニーニョ、FWシェフチェンコ、ロナウジーニョ