今こそモータースポーツBACK NUMBER
世界的なF1不況に鈴鹿も飲まれ……。
起死回生の策は“佐藤琢磨復活”だ。
text by
西山平夫Hirao Nishiyama
photograph byLAT/AFLO
posted2009/10/16 11:30
3年ぶりの鈴鹿でのF1日本GPにサーキットを訪れた佐藤琢磨。前夜祭での対談、テレビでの解説などでは、まだF1のシートを諦めない姿勢をみせた
16万1000人と10万1000人……3年ぶりに日本グランプリが帰って来た鈴鹿サーキットの観客数は、土・日と晴天に恵まれたのにもかかわらず前回開催の2006年と比べて決勝日で6万人減となった。週末の3日間トータルの観客人員でも3年前の36万1000人に較べ10万人以上少なかったという。
特にグランドスタンドおよび最終コーナーにあるF1観戦ポイントの黄金地帯に空席が目立った。
1コーナーで最高のスタート写真を撮るべく待ち構えていた知り合いのカメラマンも「なるべくスタンドは入れないように撮りましたけど、けっこう苦労しました」と愚痴をこぼしていた。実はこのカメラマン氏、2006年には観客と応援旗で活火山のように熱気が溢れ返っていたスタンドをバックに傑作といえるスタートシーンをモノにしているのだが、今年はその絶好のアングルさえ変えざるを得なかったという。仮に3年前と同じアングルで撮影すればそれはそれで良い定点観測にはなったかもしれないが、あえてそうしなかった。できなかったのは……カメラならぬペンで稼ぐわが身としても気持ちは分からぬでもない。
鈴鹿での開催でなぜこんなに観客が少なくなったのか?
それにしてもなぜ観客がこんなに減ったのだろう。F1人気そのものの凋落の表れなのだろうか? それもなくはないだろうが、実感としては個々のファンの熱意には急激な右肩下がりは感じられない。それよりも……本当はすごく来たかったのだけれども来れなかったというファンが多かったのではないか。
なぜか?
ひとつには、昨年11月から始まった世界同時不況の影響で、それまでは裕福なイメージがあったF1ファンでもさすがに財布の紐を野放図に緩めるわけにいかず、しかもその時代の流れとは関係無いかのようにチケットは相も変わらず高価だということがある。
このことは世界的傾向のようで、どのグランプリも観客数は減少傾向にあった。元々モータースポーツの歴史的土壌がないマレーシア、バーレーン、中国、トルコなどのグランプリが以前から数えるほどしか観客が入っていなかったという事情は除くとしても、ヨーロッパにあるサーキットのスタンドも今年は寂しかったのだ。
かつては予選日からぎっしり埋まっていたモンツァ(イタリア)のスタンドに、隙間風が吹きぬけているのを見掛けた時には、さすがに寂しい思いをしたものだ。
鈴鹿サーキットとエクレストンからの豪華サービスさえ……。
鈴鹿に来たF1界の首領バーニー・エクレストンもその危機感をじゅうぶんに感じ取っていたのだろう、サーキット内の移動時にあえてファンの群れの中に入ることを辞さず、サインしまくりであった。トレードマークの白シャツがインクで汚れてもいっこう気にしないご様子。そればかりかバーニーは鈴鹿サーキットと組んで、観戦券を提示すると『鈴鹿F1日本GP20年の軌跡』特製DVDを無料配布するという大盤振る舞いにまで出た。モノが非売品だけにこれはレアものになる。鈴鹿まで頑張って観戦に来たF1ファンにとっては大好評であった。
さらに鈴鹿サーキットはF1マニアの堂本光一をゲストに呼んでトークショーをぶち上げるなど前夜祭から相当に盛り上げ、さらにその二次会があり、さらには……大会終了後で宴果てた月曜日にまで西コースウォークのイベントを持った。ミステリーツアーと称してコントロールタワー内までファンを導き入れ、そこで元F1ドライバーの中野信治がサイン会を開くというサプライズまで仕掛けるという周到さである。