カンポをめぐる狂想曲BACK NUMBER
From:サルバドール「W杯優勝大本命国、北上の旅。」
text by
杉山茂樹Shigeki Sugiyama
photograph byShigeki Sugiyama
posted2006/03/28 00:00
前回と同じく、日本にとって地球の裏側ブラジルから。
今回は古都サルバドールでブラジル人の“心の故郷”。
ここでも気分は和みモード。そうなった理由は……。
サンパウロ、リオ・デ・ジャネイロ、そして、サルバドールにやってきた。ブラジルを北上してきているわけだ。大地を北上するにつれ、気温もそれにつれて下がっていくのは北半球の常識。南半球の場合はその反対で、気温もそれに伴いガンガン上がっていく。おかげさまで、僕は真っ黒。身体の中で白いのは、プリッとしたおケツだけ(失礼)。まったくの別人気分を満喫させてもらっている。
ブラジルに初めてやってきたのは'89年のコパアメリカ。17年前の話になる。以来10回近くは確実に足を踏み入れているが、ブラジルの素晴らしさについて、今回、改めて思い知らされている。ヨーロッパなんかに比べれば、けっして治安は良くない。暢気に街中を闊歩することは出来ないのだけれど、それを圧して余りある圧倒的なリラックスムードがこの国にはある。だから、強行なスケジュールもそう苦にならずに済む。
ホテルの朝食ルームに並ぶ、ジューシーでカラフルなフルーツの数々を眺めているだけで、幸せな気分になれる。ちなみに僕の大好物はマラクジャ(別名パッションフルーツ)で、あの独特のすっぱさ、とろっとした食感を口にすると、身体のどこかに宿っていた緊張感は、瞬く間にスッとどこかに消えていく。
「もともと緊張感なんかないくせに、なに言ってんだ、お前!」と、突っ込みを入れる声がどこからともなく聞こえてくるが、変な緊張感、余計な緊張感を一切排除したいのが僕のポリシーで、そういう意味では、ブラジルはちょくちょく訪れなければならない筆頭格の国になる。でも、ブラジルは遠い。日本からの飛行時間は、ロサンゼルスで休憩を挟む直行便でも24時間かかる。
欧州からでも、最短で8時間だ。スペインのマドリッドからサルバドールが、欧州からの最短ルートになるのだが、日本からマドリッドまでやってきて、その足でサルバドールまで、という気は起きない。少なくとも、これまではそうだった。せいぜい、スペインのお隣のポルトガルを訪れれば、終点気分を味わったつもりになっていた。「謎」は解決した気になっていた。
欧州にも、相変わらず日本には報じられていない謎が、山のようにある。それに出会した瞬間、日本からの遠さを存分に満喫できるのだけれど、そこが終点ではないところが、サッカーの素晴らしさである。その先にも、風変わりな世界が待ち構えている。
欧州より簡単に、吃驚仰天することが出来る。夢や浪漫の総量は断然多い。情報化社会に食い散らかされずにいるミステリアスな空間。これほどコミカルでラブリーな世界は、いまの時代にあってとても貴重だ。
僕はいま、大西洋の絶景パノラマが一望できるホテルの一室で、この原稿を書いている。大西洋の荒波が、ゴーゴーとした潮騒を立てながら、目の前の海岸に打ち寄せている。その水平線の、遥か彼方にあるのはアフリカ大陸だ。かつてこのサルバドールには、そこから多くの人がやってきた。ポルトガル人の奴隷として連れられてきたのだ。ポルトガル人はとんでもない奴らだという話になるが、ポルトガル人に言わせれば、スペイン人に比べれば、遥かにマシだとなる。略奪、略殺の方法論で南米大陸に進出したスペイン人に対して、ポルトガル人は冒険心まずありきだったと訴える。日本に南蛮船で到達したのも、日本を征服しようとしたわけではない。友好の証に、鉄砲をプレゼントすることが目的だったと言う。
僕は、その時代に生きていたわけではないので、彼らの言い分を鵜呑みにすることは出来ないが、ブラジルを旅していると、そうしたポルトガル人気質を随所に垣間見ることができるのだ。ブラジル人は優しい。人当たりはソフトだし、ホスピタリティも高い。中にはスリやかっぱらいもいるのだけれど、それでも和む理由は、この大陸を「発見」したのがポルトガル人だったからに違いない。でも、それもたった500年前の話だ。
一方サッカーは、イングランド人によって伝わった。そして、それから80年経ったいま、ブラジル人のサッカー選手は、逆に欧州を占領しようとしている。今季の欧州チャンピオンズリーグに出場したブラジル人は50人以上を数える。欧州のいかなる国より多くの選手を、欧州のクラブ対抗戦、都市対抗戦に送り込んでいる。80年前、ブラジルにサッカーを伝えたイングランド人は、先に行われたチャンピオンズリーグのバルサ対チェルシーをどんな目で見ただろうか。ロナウジーニョが、イングランド最強のディフェンダー、テリーの壁をぶち破り、豪快なシュートを決めた瞬間、ひっくり返るようなショックを天国のどこかで味わったに違いない。
この後、僕は再び欧州に戻る。そこで何日か費やした後に、日本に帰国する。自画自賛するわけではないけれど、欧州経由南米行きは、サッカー的にはお勧めのルートだ。日本からブラジルを目指す時、アメリカ経由が一般的になる。旅行代理店は、オートマチックにこのルートの航空券を準備する。なぜ、欧州経由という選択肢を提示しないのか。飛行時間はそう変わらないのに。サッカー好きの超暇人には、不思議に思えて仕方がない。
それから、もうひとつ超暇人にお勧めしたいアイディアがある。ドイツW杯をブラジルで見る。ブラジル人と一緒にお茶の間観戦する方法だ。ブラジルは優勝候補。押しも押されぬ大本命。優勝すれば、ブラジル国内はカーニバルどころの騒ぎではないだろう。もし敗れても、それはそれで面白い。個人的には、むしろそっちの方に興味がある。この国がひっそりお通夜のように静まりかえる様子ってどんな。想像が付かないだけに興味は募る。はたして、結果はいかに。