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ミルコ移籍の意味するところ。 

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石塚隆

石塚隆Takashi Ishizuka

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photograph bySusumu Nagao

posted2007/01/12 00:00

ミルコ移籍の意味するところ。<Number Web> photograph by Susumu Nagao

 昨年末の格闘技興行を振り返ってみると、PRIDE、K−1双方たがいのカラーを押し出すことに終始した大会だったといえただろう。地上波放送のないPRIDEは、お茶の間の視聴者を気にすることなくガチンコ路線を展開し、吉田秀彦がジェームス・トンプソンに敗れるといったPRIDEらしい波乱を提供した。またK−1は、マッチメイクの奇抜さで19%を超える紅白歌合戦の裏番組としては歴代2位となる視聴率をマークし、今年末の放送をほぼ確約するに至った。しかし、秋山×桜庭などスッキリしない試合や内容に乏しい戦いが多く、ある意味、先行きの不安を感じさせる要素が多分にあったのが気がかり。TBS系列の地上波放送にしても、ダラダラとした煽りや過去の試合のVTRが流されて、果たして5時間半にも及ぶ放送をする必要があったのだろうか?試合はナマモノであり試合時間が読めないのは分かるが、あまりの煽りと引っぱりに辟易とした人も多かったにちがいない。こんなことで格闘技離れが起こるとは思いたくないが、ちぐはぐした試合内容も含め格闘技にとってマイナス要因だったことは確かだ。

 そんな格闘技興行の最中、試合会場のプレスルームで話題になっていたのが、ミルコ・クロコップのUFCへの移籍である。昨年からミルコの移籍に関する噂はあったのだが、無差別級グランプリを制し、ヘビー級王者のヒョードルと双璧をなす“PRIDEの顔”として君臨するミルコをPRIDEを主催するDSEがそう簡単に手放すとは考えられなかった。だが、ミルコは決断した。

 DSEの榊原信行社長は、ミルコの移籍について次のように語っている。

 「私たちはミルコのチャレンジスピリットを応援し、PRIDEのトップファイターとしての活躍をして欲しいと思います。ミルコもPRIDEにおいてヒョードルとノゲイラへのリマッチなど、やり残したことがあると思います。UFCのチャンピオンベルトを取った後は、PRIDEに再びチャレンジしてくれることを期待しています。私たちはミルコのチャレンジスピリットを快く受け入れ、送り出すことに決めております」

 このように毅然とした態度を示し全面支援の姿勢でいるようだが、実際のところそう悠長なことも言っていられないはずだ。ミルコとUFCの契約は2年と伝えられており、彼の選手生命を考えるとピークは2〜3年といったところ。さらに言えば、人気の高い現役グランプリ王者の流出はDSEにとって致命的なミスだ。ピークをすでに超えた桜庭のHERO'S移籍とはちょっと訳がちがう。強さと存在において“PRIDEの象徴”であるミルコの離脱はDSEにとってはもちろんファンとって残念なことこの上ない。

 これまで語られてきたミルコのモチベーションのありどころはヒョードルとの王座統一にあったはずだが、それをDSEが明確に提示できなかったということなのだろうか。

 ほかにミルコがアメリカへ向かう理由を考えると、ギャランティという部分も少なからずあるのだろう。UFCは現在アメリカで大ブームを起こしており、PPVの視聴者30万〜50万人という市場を持っている。つまり莫大な資金を有していることになり、選手に高い契約金を提示することができる。一概にミルコがお金で動いたとは言えないが、情よりもクールな金銭感覚を持つ外国人選手の特性を考えれば、ミルコのみならずトップファイターのさらなる流出の可能性は否定できない。

 そして、ミルコのアメリカへ対する憧れだ。昨年10月にPRIDEラスベガス大会に訪れたミルコはアメリカのファンに多くの賞賛と喝采で迎えられた。'01年、K−1で芳しい結果が出ず、藤田和之との総合格闘技戦に駆り出されたミルコは試合前アメリカで修行をした。明日の見えない格闘技人生の岐路に立ち、誰も自分のことを知らないアメリカで汗を流していた日々。あれから5年、アグレッシヴなスタイルで戦うミルコはUFCのファン投票で1位になるほど人気者になっており、アメリカは両手を広げて待っていてくれた。

 この国で戦いたい。ここで新たな挑戦がしたい。と、ミルコが考えてもおかしくない。また、民族意識の非常に強いクロアチア人として、日本よりもはるかに多くいる在米クロアチア人の前で戦えるのもミルコにとって大きなモチベーションになっているという。

 奇しくもPRIDEは、今年開催が予定されている全10大会中、2月、4月、10月の3回、アメリカ大会を予定している。ミルコの流出を考えると皮肉であり痛手であるが、PRIDEにとっても今年はアメリカを舞台にした勝負の年になりそうだ。PRIDEはUFCと共栄共存のスタンスをとっていくというが、いやいや生き馬の目を抜くような厳しい競争社会、ショービズの世界、引抜きなどひと波乱もふた波乱もありそうな気もするのだが……。

 ミルコのUFC初登場は2月3日の『UFC67』の予定だ。果たしてオクタゴン(金網)でどんなファイトを見せてくれるのか。特筆すべきはUFCではPRIDEルールで採用されている4点ポジションからのヒザ蹴りは使えないが、顔面へのヒジでの攻撃が認められている(ただし上から振り下ろすような打ち方は禁止)。ムエタイの経験のあるミルコがヒジ打ちをいかに使うか注目したい。

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