スポーツの正しい見方BACK NUMBER
歴史に残る名勝負ではない。
text by
海老沢泰久Yasuhisa Ebisawa
photograph byKoji Asakura
posted2003/11/13 00:00
今年の日本シリーズは、'93年にスワローズがライオンズに4勝3敗で勝って以来、10年ぶりに7戦までフルに戦ったというので、歴史に残る名勝負だったなどという人がいるが、ぼくはそうは思わない。
星野監督の辞任報道が流れたのは、シリーズ開幕の直前だった。なぜそういう時期にそういう大事なことが漏れ出したのか分らないが、それがタイガースの選手に動揺を与えたことはたしかだろう。しかし、それがタイガース敗北の決定的要因だったろうか。
それよりも、ぼくがずっと懸念し、疑問に思ったのは、辞任報道が流れる前から星野監督が口にしていた、日本シリーズについてのつぎのような言葉だった。
「たとえ負けても、選手もぼくも胸を張って街を歩きたい。たった7戦で140試合を無にするようなことは、選手に失礼だ」
つまり、日本シリーズに負けてもペナントレースを制した価値は無にならないということだが、ぼくが似たようなことを最初にきいたのは、NHKでずいぶん以前の日本シリーズの解説をしていた川上哲治氏の口からだった。むろん、負けたチームに同情していったのである。たった7戦ですべてを無にしてしまったチームに対する、思いやりあふれた言葉だと思った。しかし、それはすべてが終わったあとで第三者がいうべき言葉で、シリーズの前に当該チームの監督がいうべき言葉ではない。そう思ったのだった。ちなみに川上さんは、ジャイアンツの監督として日本シリーズに11度出場し、一度も負けなかった監督だ。
あるいは星野監督は、日本シリーズに初めて臨む選手たちに必要以上のプレッシャーをかけまいとする思いやりから、そういったのかもしれない。じっさい、星野監督のシリーズの采配には、随所に選手に対する思いやりが見られた。
第6戦の伊良部先発はその象徴だった。たしかに伊良部はペナントレース優勝の立役者の一人だが、シリーズでは第2戦でノックアウトされて、通用しないことが分っていた。しかも第6戦以後は、タイガースが3勝2敗と勝ち越していたとはいえ、ホークスには第2戦と第3戦で好投した杉内と和田が残っていて、負ければタイガースが逆に崖っぷちに立たされるという重要な試合だった。しかしその試合に、「シーズンで頑張ってきたんやから使うわ」といって結果が分っていた伊良部を使い、負けたのである。
そして、第7戦の9回2死からの代打広沢。結果はホームランだったが、日本シリーズを最後の最後まで死にもの狂いで戦うなら、それまで5打席連続三振を喫していた広沢に引退の花道を飾らせるような起用はすべきではなかった。野球は下駄をはくまで分らないという言葉にも反する。
つまり、タイガースは負けるべくして負けたのである。
しかし、すべてが終わったいまは、星野監督はこれで情に厚い温情監督として記憶されることになるだろうと思っている。それに反して、日本シリーズに強かった川上、広岡、森、野村などの各監督には、そういう評判は一度も立ったことがない。どちらがいいのか考えあぐねているところである。