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室伏広治のゴールはメダルでも記録でもない。
text by
小川勝Masaru Ogawa
photograph byKeijiro Kai
posted2008/07/24 18:34
「現役を振り返って、よく覚えている投てきというのは、オリンピックじゃないんですよね。とにかく、いい動きのできた時、『これ以上ないな』と思える動きのできた時、そういう投てきを覚えているものなんです。ハンマー投の選手というのは、陶芸家などと同じ。いい作品がすべてなんです」
記録や順位も重要ではあるが、選手個人の記憶に残るのは、もっと内的な経験であり、手応えなのだ。こうした父親の競技体験から、室伏は間違いなく影響を受けている。
さらにもう一つ、彼が今なおハンマー投のあくなき探求を続ける原動力として、案外知られていない事実がある。それは、ハンマー投に専念し始めたのが、高校3年生と、意外に遅かった点だ。高校時代はハンマー投以外に走り幅跳び、やり投などをやって、試合にも出場している。特にやり投は、高校3年の国体で2位になるなど、好成績を収めていた。
肉体的な成長期に専門を絞らず、誰からも強制されず、いろいろな種目ができたことは重要で「若い頃に無理な練習をしていれば(略)燃え尽き症候群になっていたかもしれません」と、自分のホームページで書いている。彼が今なお戦い続ける土台に、こうした高校時代があったことは見逃せない。
アテネ五輪で、結果的に金メダルを決めることになった最終の6投目。「あれはね、聖火に向かって投げたんですよ」と室伏は言う。アテネの競技場では、ちょうどハンマーを投げる方向に聖火台があって、夜空に聖火が燃えていたのである。北京五輪で彼は、何に向かって、ハンマーを投げるのだろうか。