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オシム・メソッド第2章へ。 

text by

田村修一

田村修一Shuichi Tamura

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posted2007/09/20 00:12

 「やばい、替えられてしまうかも」

 EURO2008の会場であるクラーゲンフルト(オーストリア)でおこなわれた3大陸トーナメント。スイス対日本戦のハーフタイムに、ロッカールームへと向かう道すがら、松井大輔は不安を募らせていた。

 たしかに得意のドリブル突破から放った彼のシュートが試合の流れを変え、日本はリズムを掴み始めていた。だが前半のパフォーマンスは、「(松井は)いいシーンもあったが、それ以外のプレーはどうだったか」と、イビチャ・オシム日本代表監督も語ったように、松井自身も日本も、満足からは程遠かった。

 「動かなければボールが貰えないサッカー」(松井)であるにもかかわらず、4日前のオーストリア戦同様に、高いテンションで試合に入っていけずに足が止まっている。「相手をリスペクトしすぎた」(オシム)せいか、ボールを奪っても誰もスペースへ走ろうとしない。スイスの固い守備ブロックに、楔がうまく入らない。いきおい攻撃はサイドからかロングボールになってしまう。ディフェンスのミスも重なり、日本は前半を終えてスイスに0-2とリードを許していた。

 EURO2008の共同開催国であるスイス、オーストリアとEUROのプレ大会で対戦する。目的はふたつあった。

 ひとつはいわゆるヨーロッパ組の融合。アジアカップにオシムは、中村俊輔と高原直泰のふたりしか連れて行かなかった。直前のキリンカップには、稲本潤一と中田浩二も招集したにもかかわらず、3連覇のかかる大会に、彼は必要最小限の力しかヨーロッパ組から求めなかった。

 今回の遠征でも、中村、稲本(高原は負傷により不参加)に加え、待望久しい松井こそ初招集したものの、中田や三都主アレサンドロ、宮本恒靖らには声をかけていない。戦力としてはもちろん、スイスやオーストリアのクラブで活躍する彼らが出場すれば、日本代表の大きなアピールになる。にもかかわらず、オシムは呼ぼうとしなかった。前任者の時代には軽視されてきた国内組へのこだわり。ヨーロッパ組の招集にはあくまで慎重だった。

 もうひとつの目的は、アジアカップで構築したプレー──パスを繋ぎ全体で動きながら崩していくサッカーを、いかに進化させていくか。そして3位決定戦で韓国に敗れた後、オシムが課題としてあげた個の強化を、どうやって進めていくか、であった。

 日本にとってアジアカップは、成果と課題が見えた大会だった。ボール回しのクオリティの高さは、対戦国の監督の誰もがアジア随一と絶賛する。全員が動きながらスペースを作り、細かいパスを繋ぎながら攻撃を構築するスタイルは、今日のサッカーシーンで久しく失われたサッカーの美しさ、繊細さを表現していた。そのテクニカルでエレガントなプレーこそ、日本固有のスタイルであるとするオシムに、われわれは強い共感を抱いた。

 だがオシムのサッカーは、他方で多くの弱点・課題も露呈した。激しく動いて崩すため、動きが止まるとボールが回らない。また攻守の切り替えが遅く、自陣深くから組み立てる攻撃は、中盤までは流れるようにボールが回るものの、ペナルティエリアにはなかなか侵入できない。ポストプレーは高原ばかりが頼りで、遅攻で中央を切り崩せないために、両サイドバックに過剰な負担がかかった。

 守備では攻撃志向の4バックが、サウジアラビアのカウンターアタックにあっけなく崩された。少ない人数、選手個々の技量で守りきるには、まだまだ強さが足りなかった。

 オシムが就任当初に採用した3バックによるマンマークのディフェンスは、選手の責任とリスクを明らかにする意図を持っていた。ミスを犯しても、選手個人の責任には触れない。「本人が一番よくわかっているから」あるいは「わざわざ傷口を広げることもない」という日本的な曖昧さ、優しさを、オシムはよしとしなかった。

 とはいえ3バックは、保障つきのシステムでもあった。たとえ抜かれても、後ろにカバーしてくれるチームメイトがいる。選手を育てることと、結果を求めること。ふたつの相反する目的を追求するオシムの配慮がうかがえた。4バックへの移行は、攻撃サッカーを指向する彼の日本代表が、次のステップへと進んだことを示していた。

 その4バックが、アジアカップ準決勝という最も大事な場面で破綻した。攻撃は、ボールは繋ぐが最後の局面で崩しきれない。

 アジアのトップチームのひとつであるが、図抜けているわけではない。可能性は感じさせるがナイーブ。それがオシムが1年かけて作り上げたチームの現状であった。

 アジアでのヒエラルキーが明らかになった日本が、世界の中ではどんな位置にあるのか。実力を測るには、オーストリアとスイスは格好の相手といえた。

(以下、Number688号へ)

イビチャ・オシム

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