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クロスのツボはニアにあり。 

text by

鈴木英寿

鈴木英寿Hidetoshi Suzuki

PROFILE

posted2005/06/23 00:00

プレス戦術が発達した現代において、最も有効とされているサイドアタック。
だがW杯予選では、日本がサイドから得点を奪ったケースは極めて少なかった。
なぜ両翼からの攻撃は機能しないのか。
かつて、日本代表の10番を背負った左サイドのスペシャリスト、岩本輝雄が問題の原因と解決策を語った――。

 本大会出場へ大きく前進したバーレーン戦。

 開始3分。左サイドの三都主がDF1人をかわし、左足でクロスを上げるが、中央で待ち構えていたDFにクリアされる。

 続けて30分。加地がワンツーで右サイドを深くえぐり、グラウンダーのクロスを柳沢に供給するも、GKにキャッチされた。

 日本の両翼はいずれも決定機を作り出すことなく試合終了のホイッスルを聞いた― ――。

 近年、サイドアタックは有効な攻撃の武器としての重要性を高めている。プレッシング戦術が高度に進化した現代サッカーにおいて、サイドのエリアはプレッシングから逃れるための“落ち着きどころ”であり、攻撃を組み立てるための“起点”でもあるからだ。

 が、しかし― ――。

 ジーコジャパンの3年間を検証すると、サイドからの得点が極めて少ないことに気づく。なぜ、日本代表はサイドを決定的に崩し、ゴールの“最終形”を生み出せないのか。サイドから高精度のクロスを供給してきたJ屈指のレフティ、岩本輝雄にその原因を聞いた。

 ――最終予選、6月の2戦をどう見ましたか。

 「特にバーレーン戦は良かったと思うよ。

 キープ力のある中村と小笠原の2人を並べることでボールポゼッション率が高まった。だから、加地と三都主の2人のサイドアタックがスムーズに引き出されていたんだ。そこにボランチのヒデが正確でスピードのある縦パスを供給することで、いい攻撃が何度も生まれていた。3― 6― 1システムはいまの代表にとって、ベストの布陣なんじゃないかな」

 ――たしかにサイドハーフの“無駄走り”は減っていましたね。

 「『行ってこい、走ってこい』的な鬼パス、ロングパスはかなり減ったよね。中盤で時間をかけてショートパスをつなげるから、サイドもタイミング良く上がれるようになった」

 ――とはいえ、決定機が作れていないという課題は残ったままです。

 「いや、チャンスは作っているよ。三都主はドリブルを仕掛けて自滅するケースはあるけど、突破力がないわけじゃない。バーレーン戦の警告を受けたプレーがそうだったけど、いい形でペナルティエリアに入っていったでしょ?― 加地もみんな悪いとかダメだとか言うけど、オレはそうは思わない。去年までは何とか代表の雰囲気に慣れようと必死だったけど、今年に入ってからは縦への突破を結構披露している。アシストには結びついていないから印象が薄いだけだよ」

 ――でも、結局は得点には結びついていない。

 「クロスの精度、スピードうんぬんもあるけど、今の代表のFWには、ヘディングの強い選手がいないことが大きいね。実際、クロスを上げる立場からすれば楽だからね、ターゲットマンがいると。ボールを持ってサイドを駆け上がって『よし、アイツに当てよう』って瞬間的に判断できるから。オレがベガルタ仙台でプレーしていたときも、マルコスみたいにヘディングの強いFWがいるとクロスもスムーズに上げられた。代表でも競り合いに強い久保竜彦がいれば随分違うと思うけど」

 ――ところが、久保は持病の腰痛がなかなか完治せず、代表に復帰できていません。

 「そう。だからこそ、活路はニアサイドに求めるしかないとオレは思う。アーリーでもいいから、とにかくニアを狙い続けるしかない。

 そもそもの話、世界のトップレベルでは、ファーへのクロスが単純に決まるパターンなんてほとんどない。例えばフィーゴ(現・レアル・マドリー)。バルセロナ時代から彼のプレーには注目してきたけど、全盛時の彼は、ドリブル突破を仕掛けて10回のうち8回はサイドの深い位置までえぐれていた。でも1対1で勝利を収めても、シンプルなセンタリングを上げたケースではことごとく跳ね返されていたよ。つまり、全盛期のフィーゴレベルの選手でも、サイドをえぐってからの形を工夫しないといけないってこと。サイドをえぐって、さらにペナルティエリアをえぐって最後はグラウンダーのシュートで終わるとか。それがトップレベルの攻撃の最終形。

 バーレーン戦の前半30分に加地がニアにつめる柳沢に送ったクロス。これからジーコジャパンがやるべきことの一つは、ああいう形を繰り返し作っていくことじゃないかな」

 ――そのほかに改善すべき攻撃課題は?

 「サイドチェンジ!― いろんな選手を見てきたけど、世界で一番サイドチェンジが上手かったのは現役時代のストイコビッチだと思う。ユーゴスラビア代表時代の彼のビデオを見ると、サイドチェンジはこれほど効果的なのかって驚くよ。ボールを逆サイドに一発で展開すれば、味方も含めて一気に10人くらい置き去りに出来る。素早いサイドチェンジ、いわゆる“ハイパーパス”はヒデの得意なプレー。サイドチェンジでサイドハーフはDFと1対1になる。そしてニアへの素早いクロスを出す。ヒデがボランチでプレーすれば、こうしたプレーはもっと多くなるだろうね」

 バーレーン戦で真価を発揮した中田英は続く北朝鮮戦を累積警告で欠場した。

 とはいえ、北朝鮮戦でも、岩本の言う「素早いサイドチェンジ」、「ニアへの素早いクロス」という理想形があった。

 開始4分。小笠原がサイドチェンジ。右サイドを駆け上がった加地がDFを鋭くかわし、グラウンダーの素早いクロスを供給。ニアに詰めていた柳沢がこれを流し、鈴木のシュートが生まれた。ゴールにこそ至らなかったものの、“予感”を抱かせたプレーだった。

 ――北朝鮮戦のサイド攻撃はどうでしたか。

 「前半は機能しなかったね。4分のプレーくらいでしょう、印象に残ったサイド攻撃は。後半、大黒が入って、彼がサイドで起点を作ってからは少し良い流れになったけど、やはり高い位置でテクニックの高い選手がトライアングルを作って、両サイドの動きを引き出してあげないと。本職ではない中田浩はともかく、加地がタイミング良く上がれなかったのは、システムの問題もあったと思う」

 ――次の課題は、ニアに合わせた後、あるいはニアに走った選手を囮にした後ですね。

 「そこが難しいところだね。オレだって『じゃあ、オマエがやってみろ』って言われたら困るけど(笑)。とにかく徹底して、ニアに合わせた後の形をトレーニングするしかない。ある意味、ニアに合わせた後は、何が起きるか分からないわけだから。オウンゴールが生まれる可能性だってあるからね。

 いまの日本の攻撃力を世界基準に照らし合わせてみると5段階評価の2。でも、2から3にいくのはすぐだと思う。“あと一歩”を詰める作業さえ完了すれば、よりたくさんの決定機、ゴールが生まれるはずだよ」

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