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副島浩史 「頭の中は真っ白でした」
text by
上原公二Koji Uehara
posted2007/09/06 00:00
球史に残る劇的な一発だった。3点をリードされた8回裏1死満塁。「次につなげよう」と打席に入った佐賀北、副島浩史選手が放った打球は、左翼席へと吸い込まれた。まさかの逆転満塁本塁打。大物不在といわれた今大会にヒーローが生まれた瞬間だった。興奮冷めやらぬ副島が優勝秘話を語った。
「勝ったと確信したのは9回表、バントの後に、三塁に走ったランナーをアウトにしたときですね。ただ、決勝の後、校歌を歌っていても『自分たちがこのような場所で、校歌を歌っているなんて』って不思議な気持ちでした。実は7回に2点取られたときは、正直やばいなあって思いが頭をかすめました。でも、久保がしっかり投げていたので、いけないなと気持ちを切り替えたんです。それで8回裏に満塁になって、いけるって思いました」
佐賀北では百崎監督をはじめ、チームとして勝負は終盤と考えていた。広陵・野村のスライダーが終盤には甘くなると見ていたからだ。吉冨部長も「6回までは球数を投げさせて、7回からは打っていけと指示を変えた。チャンスができたらスライダーを投げてくるのは分かっていたので狙えと言っていた」と語る。
「満塁になって自分の打席が回ってきたとき、フォアボールでもデッドボールでもいいから、何とか次のバッターにつなげようって考えてました。それまで野村君のスライダーに全然タイミングがあっていなくて、打席に入る前に百崎先生から『振りが大きくなっている。低目のボール球を見極めろ』と言われたので、コンパクトにセンターに打ち返していこうと。打ったのは真ん中に入ってきたスライダー。レフトの頭は越えるだろうと思って、見ていたらホームランになった。ベースを回っている間、頭の中は真っ白でした。ホームベースを踏んでから、スコアボードを振り返って『逆転したんだ!』って確認したくらいです。それにしても甲子園で3本もホームランを打てたことには『なんで3本も打てちゃったんだろう』って思います。自分は全然ホームランバッターではないんですよ。高校通算でも10本いくかいかないかしか打ってないんです」
打者としては謙遜する副島だが、守りの話になると力がこもった。事実今大会、佐賀北の固い守備は何度も敗戦の危機を救った。
「守備は普段通りできました。強いゴロがきても、慌てないで練習通り投げればアウトにできると信じてプレーしていたからだと思います。守備の基礎練習はほんとうにイヤというほどしました。ゆるいゴロを捕って投げるという練習を繰り返すんです。ノックでも先生に『捕れないなら顔で止めろ!』って言われて、『なに言ってんだよ!』って思ったり。野球部で先生と日記の交換をしていたんですが、走り込みと守備の練習ばかりだったので『練習メニューはこれでいいのか』と書いたこともありました。その時は、主将の市丸に『お前が先生を信頼しなくては駄目だ』と言われて。甲子園にきて優勝して、いまはあの練習をしていたことに感謝しています」
佐賀北は県立の進学校。私立の野球部などに比べれば、練習環境は決して恵まれているとはいえない。それでも、公立校なりのやり方でここまでやってきた。
「練習時間は4時から7時までの3時間。マシンでの打撃練習は、午前中に学校が終わる日にしかできません。7時30分にはグランドの電気が消されて、生徒は帰らなくてはいけないんです。でも、電気が消されてからは隣のスーパーやマンションの明かりで素振りをしてました。他の学校より多く素振りしようと思ってました。だから、県立で勝てたのは誇りですね。野球の面白いところは、力関係が8対2でも、やり方次第では2の方が勝つこともあること。県立高校でもやれるんだということを証明できたと思います。北高を選んだのは、大学に行きたかったのも理由なので、この後は進学するつもりです」