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ニコラ・アネルカ「漂流の果てに」 

text by

田村修一

田村修一Shuichi Tamura

PROFILE

photograph byTsutomu Takasu

posted2008/06/12 18:04

ニコラ・アネルカ「漂流の果てに」<Number Web> photograph by Tsutomu Takasu

10年の流転の末に、たどり着いた新境地。

 '05年11月、カリブ諸国遠征を敢行したフランス代表に、アネルカは3年半ぶりに招集された。アンリはじめ、フランスには出自をカリブ海に遡る選手が多い。アネルカもそのひとりで、フォルト・ド・フランス(マルティニックの首都)でプレーするのは、彼らには特別な意味があった。

 「両親の前でプレーできて本当に嬉しかった。呼んでくれたドメネクには感謝している。彼は選手とよく話し、選手をよく理解している。彼が監督になって、ようやく僕と監督の関係も普通になったよ」

 ドメネク以前の代表監督たちと、アネルカの関係は微妙だった。奇妙だったというほうが適切かもしれない。

 「ジャケは『当然の決断だ』と言って、'98年ワールドカップ代表の最終メンバーから僕を外した。大会直前に落とされて、僕は納得できなかった。ロジェ・ルメールは親切だが、話し方がときに敬語だったりときにくだけていたりで、そのときの気分次第だった。そしてジャック・サンティニは……、僕には謎だ。彼はマンチェスターまでわざわざやってきて、ロッカールームで話をした。ところがほんの5分も喋ると、すぐに帰ってしまった。僕の気が違っているとでも思ったのだろうか」

 共通するのは、誰も本気で彼を理解しようとしなかったことだとアネルカはいう。

 「とんでもない悪ガキだと思ったのだろうが、もっと真剣に向かい合って欲しかった。そうすれば僕がシンプルな人間であることが、よくわかったはずなのに」

 ドメネクは前任者たちとは違っていた。

 「彼もジャケ同様に、僕をワールドカップメンバーから外したが、その後も代表に呼んで力を発揮するチャンスを与えてくれた。選ばれるとは思っていなかったから驚いたよ」

 ドイツワールドカップの後、フランス代表は様変わりした。ジネディーヌ・ジダンやファビアン・バルテズらが引退し、カリム・ベンゼマ、サミール・ナスリといった、いわゆる― '87年組の若い世代が台頭した。それとともに代表の雰囲気も変わってきた。

 「僕が代表に入ったころは、内気で周囲に溶け込めなかった。ベテラン選手たちの話を聞き、彼らを観察して、どうすればいいかを覚えていった。ローラン・ブランやディディエ・デシャン、マルセル・デサイーらは本物の紳士で、テレビで見るそのままだった。とても気安く話しかける雰囲気ではなかった」

 彼らリーダーたちと、パリ郊外のシテ(団地)で生まれ育ったアネルカやアンリとでは、考え方も話す言葉も大きく異なっていた。似たような環境に育ち、メンタリティも似通っているナスリやベンゼマは、ごく自然に理解できるとアネルカはいう。

 「僕が住んでいたトラッペでは、逆さ言葉(その地域や階級にのみ通用する俗語)を話さないと誰にも相手にされなかった。でもデシャンやデサイーと同じテーブルで、逆さ言葉を喋る気にはとてもならなかった。それが今、僕らのじゃれあいを聞いたら……、時代は本当に変わったよ。僕はベテラン選手にサインを頼むなんてとてもできなかったけど、若い子たちは『ねえねえ、ちょっと来てサインしてよ』って平気で言うからね」

 若者の気質は変化し、代表でもずっとリラックスしている。自分がリーダータイプではないと自覚するアネルカは、彼らを自分と同等に扱うように心がけている。

 「仲のいい兄弟という感じかな。才能は評価するし、個性も尊重している。技術的にも精神的にもすでにトップレベルだから、先輩というより年上として自分の経験を彼らに伝えているよ」

 ワールドカップには一度も出場していないアネルカが、唯一参加した大きな大会がユーロ2000であった。'98年ワールドカップに続き、ビッグタイトルの連覇をフランスが成し遂げたこの大会、アネルカは準決勝のポルトガル戦で、決勝点となるアンリのゴールをアシストした。

 「大会を通しての出来は、あまりよくなかった。あのアシストは評価されたけど、アシストするために出場したわけじゃない。今度のユーロでは、それ以上のことをしたい」

 フランスは、グループリーグでイタリア、オランダ、ルーマニアと同じいわゆる“死のグループ”に入った。だが目標はあくまでも優勝であると、アネルカは決意を語る。

 「厳しいけど、優勝するには勝たなければ駄目だからね。リーグ突破は初戦のルーマニア戦が鍵だ。フランスでは誰もが勝利を期待している。選手のレベル、監督のマネジメント、すべての面で悪くない。準備さえ間違わなければ、僕らはかなりやれると思う」

 ストレートな言葉には、歳月を重ねて得た重みがある。期待は、膨らむ。

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