メディアウオッチングBACK NUMBER

“聖域”へと果敢に挑んだ
『あしたのジョー』実写化。
~ついに破られたタブー~ 

text by

木村光一

木村光一Koichi Kimura

PROFILE

photograph by(C)2011高森朝雄・ちばてつや/「あしたのジョー」製作委員会

posted2011/02/11 08:00

“聖域”へと果敢に挑んだ『あしたのジョー』実写化。~ついに破られたタブー~<Number Web> photograph by (C)2011高森朝雄・ちばてつや/「あしたのジョー」製作委員会

『あしたのジョー』 2月11日より全国東宝系にて公開

原作漫画と正々堂々がっぷり四つに組んだ映画の迫力。

 真樹先生から最初に手渡された企画書に記されていた大まかなプロットの要約はこうだ――同じ“ジョー”という名を持つ正反対の生い立ちの若者二人が渋谷で偶然出会い、唯一の絆であるボクシングを通じて切磋琢磨し、互いを高め合う物語――時代設定は執筆時点の今。共通するのはボクシングというテーマのみ。それだけを見れば、少なくとも『あしたのジョー』からプレッシャーを受ける謂れはなかった。だが、書き進めれば書き進めるほど朧(おぼろ)だった作品世界が像を結び、やがて私は、矢吹丈や力石徹、そして、もっと大きな梶原一騎の影を感じないわけにはいかなくなったのだった。

 完成した映画の『あしたのジョー』を観ながら、私は『ふたりのジョー』と格闘していた頃の自分を憶い出していた。それだけに、原作漫画と正々堂々がっぷり四つに組んで一歩も退かない映画の迫力には一層感動を覚えた。段平がジョーに「(明日に向かって)逆に渡れ!」と発破をかけた泪橋も今は跡形もない。その渡りたくても渡れない泪橋が、埋められて暗渠となった川の土手が、戦後風景そのままのバラックが建ち並んでいたドヤ街が、銀幕の向こうに夢のように広がっていた。眩い光に包まれたリングでは、“神話の世界”から人の姿を借りて降り立った矢吹丈と力石徹が躍動した。永遠にでも見ていたい聖なる闘い――。筋肉が震えていた。汗が飛び散っていた。呻きが聞こえた。痛い。なにもかも、夢ではなかった。

(文中一部敬称略)

関連記事

BACK 1 2

ボクシングの前後の記事

ページトップ