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“予告なし”の中日・立浪和義外し…無言の落合博満が記者に明かしていた言葉の意味「俺が座っているところからはな、三遊間がよく見えるんだよ」―2024下半期読まれた記事
text by
鈴木忠平Tadahira Suzuki
photograph byJIJI PRESS
posted2024/12/23 11:01
中日ドラゴンズの監督を8年間務め日本シリーズに5度進出、2007年には日本一にも輝いた落合博満
「そりゃあ、和義だよ」
立浪は、この球団に関係するあらゆる人間が、何かを託すに足るだけのものを示してきた。そうした積み重ねの果てに、立浪は多くを手にした。
広大なドームの駐車場で、立浪を乗せた車はいつも入口の一番近くに停めることができた。移動の飛行機も、遠征先のホテルの部屋も、まず立浪のものから手配された。ベンチでは二列あるうちの前列真ん中が指定席だった。プレーボール直前には、その聖域から誰よりも大きな歓声を浴びてグラウンドへ駆け出す。誰にも侵せない立浪だけの権利だった。
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歴代の監督にとって、立浪をベンチに座らせるには理由が必要だった。たとえば、「これから連戦が続くから今日は休んでくれ」と事前に本人に説明し、ゲームが終わればメディアを通じて、なぜ立浪を出さなかったのかをファンに語らなければならなかった。それが自らの立場を保証することにもなる。事実、名だたる監督たちが、そのようにしてきた。
その立浪を、落合は無言のうちに外したのだ。
「これは俺にしかできないことだ。他の監督にはできない」
まだ桜が咲いているころに聞いた落合のあの言葉は、おそらくそういう意味だった。
落合は、自らの眼前で抜けていくヒットを許さなかった。その穴を塞ぐために、ついに聖域にメスを入れたのだ。
何という緊迫感だろうか
やがて用具室からは声も音も聞こえなくなった。薄暗い通路は静まり返り、空気がピンと張りつめていた。ベンチ裏の凍てついた雰囲気が壁越しに伝わってくるかのようだった。
何という緊迫感だろうか。このチームはいつから、これほど殺伐とするようになったのか。
私は、まだ新聞社に入ったばかりのころ、先輩記者に連れられてナゴヤドームに来た日のことを思い出した。初めて目の当たりにするプロ野球の現場だった。革と木と松ヤニの匂いと勝負の世界に生きる男たちの息吹に、新人記者は気圧されながら恐る恐るグラウンドを覗いていた。
ところがゲーム直前に、私の目の前でキャッチボールをしていた主力選手が、通路にいる知人らしき私服姿の男と談笑を始めたのだ。