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「代表にはなれなかったけど…」“補欠を辞退しなかった”杉原愛子のプライド…記者が見たパリ五輪“涙の落選”までの舞台裏「自分は体操が大好き」
text by
矢内由美子Yumiko Yanai
photograph byGetty Images
posted2024/05/28 18:03
NHK杯で総合5位となり、パリ五輪への補欠帯同を表明した杉原愛子
「引退はまだ考えていない。パリは補欠になると思う。何があるかわからないから、全種目コンディションを良くして準備はしておかないといけない。自分の役割を果たしたい」。迷いのない口調だった。
強化本部長は杉原をこう評価した
田中光女子強化本部長は、5人の代表選手とともにパリ五輪の事前合宿に帯同し、開幕ギリギリまでともに練習する「帯同補欠メンバー」になることを杉原に伝えたとし、報道陣にこう説明した。
「帯同補欠はすごく大事。(代表選手に)ケガなど何かあったときの備えというところで、杉原愛子選手はオリンピックも2度経験していて実力は十分。今は少し悔しい思いをしていると思うが、何があるか分からない。力を持っている選手なので、備えてもらいたい」
実際のところ、近年の体操競技では、国際大会の代表が負傷して補欠と選手交代するケースが頻発している。近年だけ見ても22年世界選手権(英国・リバプール)では全日本個人総合選手権優勝の笠原有彩が開幕3週間前に負傷して補欠の渡部葉月と交代。また、昨年の世界選手権(ベルギー・アントワープ)は、正選手だった渡部が負傷して補欠だった畠田千愛が代わりに出場した。
注目したいのはメンバー交代で出場した選手がいずれも好成績を収めていること。22年の渡部は種目別平均台で金メダルを獲得し、昨年の畠田は団体8位となってパリ五輪出場権獲得に貢献している。補欠の選手たちが役割の重要性をはっきり自覚し、高い意識で練習に取り組んでいることが日本女子の近年の好成績を支えている。
“補欠を辞退しなかった”杉原のすごさ
とはいえ、杉原は既に2度のオリンピックに出場している選手。あくまで裏方に徹することになる補欠の立場を100%の気持ちで即座に受け容れた様子は、パリ五輪を目指す思いと体操競技への思いの強さをあらためて感じさせるものだった。一度でも最高峰の大会を経験している選手ならば、決断に時間がかかったり、メンタル的に難しいと考えて辞退したりしても致し方ないと思えるからだ。
田中本部長は「(杉原は)経験があり、年齢的にもお姉さんですから、みんなを引っ張っていってもらいたい」と言いながら、単に補欠として有事に備えるというもの以上の期待を寄せる。それは、24歳ならではの成熟した表現力が、5人全員が10代で平均年齢17.6歳(代表選出時)という若き代表メンバーたちに好影響を与えるという考えだ。
「杉原さんは、観客に手を振ったりアピールしたりするところも上手。私たちは演技を大事にしていかなければならないのはもちろんだが、審判や観客へのアピールということも、目標とするメダル獲得のためにここから取り組んでいかなくてはならない課題だと思っている。そういった面でも彼女が引っ張ってくれるんじゃないか」
リオ、東京でともに代表として戦った村上茉愛さん(現日体大コーチ)は、今回の杉原のパリ挑戦について聞かれてこう言った。
「競技から一度離れて、もう一度戻ってきて、パリを目指すという意識を持ちながら練習するのがまず凄い。それが率直な感想だった。オリンピックを知っているからこそ、代表メンバーに入ることの難しさを分かっているし、知っているからこそ逆にプレッシャーを感じながら練習をしていたと思う」