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「なぜネリは井上ダウン後、もっと攻めなかった?」敗者ネリの誤算…長谷川穂積が実況席で見た井上尚弥の“壮絶TKO”「実力差がありました」
text by
渋谷淳Jun Shibuya
photograph byHiroaki Yamaguchi
posted2024/05/12 17:02
5月6日、井上尚弥vsルイス・ネリ。実況席の長谷川穂積さんにはどう見えたのか?
「ネリが踏み込んで左フックを打ったら脚がそろって、下がって対処した井上選手が左フックを合わせた。普通、あそこは僕だったらディフェンスで終わっちゃうんですよ。かわして、そこからもう一発打つのはなかなかできない。あそこで合わせてダウンを取るのはすごいと思いました。レベルが高い。あれをやられると、ネリは同じパンチを打てなくなる。実際にあそこから左フックがちょっと減りました」
ダウンを奪い返した効果は絶大だった。何よりメンタルに与える影響が違うのだという。
「2、3を取って追いつくより、ダウンを奪ってイーブンにするほうが精神的に全然楽です。1ラウンドのダウンを一気に帳消しにできた。井上選手にも余裕が生まれたと思います」
なす術なく“バッティング”
以降、井上が本来の姿を取り戻し、ネリのアタックを完全に封じながら、コツコツとダメージを与えていく。「サウスポーに対してのジャブのうまさ、つなぎのうまさが抜群」と長谷川さんがうなるパフォーマンスだ。ネリは打つ手がなくなっていった。
「中間距離でのうまさのレベルが違いました。井上選手は絶妙な距離感でしたね。自分のジャブは当たるけど、相手のジャブは一瞬のタイミングで何センチか距離を外してしまう。ネリ選手は自分のパンチが当たる距離で戦いたいけど、そこにいくまでのやり取り、駆け引きでかなわない。ジャブを当てたいけど当てられない。届かない。しかもカウンターも飛んでくる。攻撃の糸口が見つけられず、振っていくしかない、という状況になりました」
なす術のなくなったネリは5回、強引に頭から前に出た。長谷川さん曰く「中間距離の駆け引きをやめた」。しかし、快調に試合を運ぶ井上のペースを乱すことはできず、バッティングをレフェリーに注意され、反撃は幻に終わる。
「えげつない倒し方でした(笑)」
そして5回、勝利を引き寄せる2度目のダウンを井上が奪った。ロープを背負いながら、近い距離でうまく腕を畳んだショートの左フックだった。フィニッシュは6回、ここの一連の攻撃も見事だった。