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ボクシングPRESSBACK NUMBER
「えっ、何も聞いてないんですか?」“敗者ネリの異変”を密着記者は見た…井上尚弥への恐怖心「ネリ、もう立ち上がるな…」思い出した3人の娘
text by
田中仰Aogu Tanaka
photograph byNaoki Fukuda
posted2024/05/09 17:16
5月6日、井上尚弥vsルイス・ネリ。筆者は来日から2週間、ネリを取材した
「ニュー、チャンピオン!」「パンテラ(愛称の「豹」)!ネリ!」。その様子を見て思わず笑う井上尚弥を、ジロリと見つめるネリ。メディア陣に背を向けてコーラを飲み、そのまま左手に桃の缶詰を持ちながら別室に移動する。ボクシングの「減量」の過酷さを垣間見た。
「早く帰りたがっている。囲み(取材)はない」
関係者の声が聞こえる。落胆する記者陣。フードを被ったネリが足早に会場を去るまでの約30分の間に、試合で使用するグローブを巡り別室で騒動が起きていたことを知る。
「えっ、何も聞いてないんですか」
大橋秀行会長の発言に囲み取材の場がざわめく。聞けばネリが、自ら持ってきた米国製のグローブではなく、井上が使う日本製グローブを使いたいと申し出たという。ネリ陣営による心理戦か。「よくわからない」とやや困惑気味に大橋は言った。しかし、井上サイドにそれ以上の動揺は見られない。
「パンテラ!ネリ」。異様な盛り上がりを見せた計量会場から人が消えていく。その隣、巨人・阪神戦が行われている野球場は、24時間後、ボクシング会場へと姿を変える。
「前日計量よりも顔色がいい」
5月6日、東京ドーム。プロ野球の観戦に慣れているせいか、会場の薄暗さが新鮮だ。位置関係を確認すると、本来はセカンドベースが置かれる付近にリングが設けられているようだ。4万3000人の熱視線は、鮮やかにライトアップされた鉄筋の正方形に注がれている。
「ニュー」のアナウンス。セミファイナルで武居由樹が世界王座に就いた。地響きのような歓声が鳴る。
「観客のうねりが凄まじいです。こんな盛り上がりは初めて」
観客席から観戦する編集者からLINEが届く。残すはメインカードのみ。ふとネリを思う。あの極限まで絞られた身体は、恐怖心と攻撃性の繊細なバランスで保たれている精神は、果たして試合まで持つだろうか。
20時48分。観客が何かを察したように、沈黙が広がる。