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「取り締まらないとは何事か!」警察に苦情電話が…アントニオ猪木に火をつけた“真のヒール”タイガー・ジェット・シン伝説《旭日双光章を受章》 

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堀江ガンツ

堀江ガンツGantz Horie

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posted2024/05/03 17:06

「取り締まらないとは何事か!」警察に苦情電話が…アントニオ猪木に火をつけた“真のヒール”タイガー・ジェット・シン伝説《旭日双光章を受章》<Number Web> photograph by AFLO

旭日双光章を受章したタイガー・ジェット・シン

サーベル片手に大暴れ「何事か!」警察に苦情電話も

 こうしてタイガー・ジェット・シンは、73年5月に初来日する。

「いざ来てみると、シンは想像以上の男だったね。まず身長、体格、ルックス、すべて非の打ち所がなかった。そして試合をしてみたら凄いのなんの。技といったらパンチと蹴りくらいしか使わないんだけど、サーベル片手に大暴れしてね。あまりの暴れっぷりに、例えば名古屋で試合があったときなんかは、愛知県警に電話がいっちゃうんだよ。『タイガー・ジェット・シンのサーベルを取り締まらないとは何事か!』っていうね(笑)。

 だから私自身、警察に呼ばれて、サーベルの実物を持って説明に行ったこともありますよ。あのサーベルの剣先は丸まっていて刺さらないようにはしてあるんだけど、警察は『新間さん、観客の安全のために、剣先を包帯みたいなものでぐるぐる巻きにして、タンポ槍(練習用に先端をゴムや綿を入れた布で包んだ槍)みたいにしてくれ』なんて言われてね。しょうがないから、言われたとおりにしたんだけど、いざ試合になったら、シンはすぐそんなものは取っちゃって、また大暴れしていたね」

 こうして話題が話題を呼び、タイガー・ジェット・シン効果で新日本プロレスの興行人気は上昇。さらにちょうど坂口征二が入団し、NET(現在のテレビ朝日)での念願のテレビ放送がスタートしたこともあり、猪木vsシンの興行人気は一気に火がついた。

 この猪木vsシンの大ヒット要因は、シンの暴れっぷりだけでなく、猪木の変貌ぶりにもあった。それまで猪木は、カール・ゴッチの流れを汲む正統派の戦いを売りにしていたが、シンとの喧嘩ファイトで、“怒りの猪木”という新たな魅力が爆発。また正義vs悪の勧善懲悪という日本人が最も好む分かりやすい図式もあり、猪木ファンが急増することとなったのだ。

「だからシンのヒールとしての暴れっぷりも凄かったし、そのシンの攻撃をすべて受けられるだけの身体を作り上げた猪木も凄かった。そういう意味では、タイガー・ジェット・シンが猪木の力と魅力を引き出したとも言えるし、猪木がいたからこそ、シンは日本でトップレスラーになることができた。あの二人だからこそ、あれだけの抗争に発展したのだと思いますよ」

「シンは誰だろうが本気で襲ってくるからね」

 事実、猪木とシンの抗争は、それまでのプロレスの乱闘の常識を超える迫力に満ちていた。シンの反則は日に日にエスカレート。それに対し猪木の反撃も激しさを増し、ついには’74年6月の大阪大会で、猪木がアームブリーカーを連発して、シンの“腕折り”にまで発展する。

「やっぱり、なんとかジャイアント馬場さんを上回りたい猪木さんと、なんとか日本でのし上がりたいシンという両者の強烈なハングリー精神が、試合をより激しいものとし、観客を惹き付けていったんだろうね。本当に猪木さんとシンの試合のときは、我々、会社の背広組もマスコミも震え上がっていたくらいだから。シンなんて、お客の前では記者だろうが誰だろうが本気で襲ってくるからね。タイガー・ジェット・シンという男は、普段はジェントルマンなんだけど、あのコスチュームを身につけた瞬間、身も心も“狂える虎”になれる男だったね」

 シンの暴れっぷりというのは、試合の興奮で見境がなくなってしまうわけではなく、もちろんプロ意識の現れでもあった。

【次ページ】 「ヒールとは、自己を犠牲にできる人格者たち」

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