ぼくらのプロレス(再)入門BACK NUMBER
「取り締まらないとは何事か!」警察に苦情電話が…アントニオ猪木に火をつけた“真のヒール”タイガー・ジェット・シン伝説《旭日双光章を受章》
text by
堀江ガンツGantz Horie
photograph byAFLO
posted2024/05/03 17:06
旭日双光章を受章したタイガー・ジェット・シン
「地方巡業に行ったとき、NETの放送がない地域なんかに行くと、観客が300人なんていうところもあった。そんなとき、レスラーはみんな手を抜いて、試合も早く終わらせようとするんだけど、シンは違ったね。『こういうときこそ、今日来た観客がまた来たいと思うように、徹底的にやらなきゃいけないんだ』って。場外を暴れ回って、試合が終わったあと、さらに10分も15分も乱闘してたりしたからね」
シンのヒールとしてのプロ意識は徹底しており、70~80年代はファンに対して記念写真やサインはおろか、笑顔を見せることすら一切なく、目が合った人間は誰でも襲うという“狂人”ぶりを完璧に演じていた。しかし、その素顔は大変な紳士であり、慈善家であることが明らかにされている。
「ヒールとは、自己を犠牲にできる人格者たち」
「ヒールというのは、みんな人格者ですよ。自分が悪となり、ベビーフェイスの魅力を引き立てるという、自己を犠牲にできる人たちだからね。シンなんかその最たる人ですよ。本国に帰ると彼は様々な慈善活動を行なっていて、恵まれない子供たちのためにおもちゃを贈る活動をしたり、タイガー・ジェット・シンの名前が付いた学校も建てているからね。一度、カナダにある彼の自宅に招かれたことがあるんだけど、地元の名士で凄かったよ」
シンは東日本大震災が起きてすぐ「タイガー・ジェット・シン基金」を立ち上げ、日本の国旗を連想させる赤と白のリストバンドを5ドルで売り出し、収益のすべてを義援金として寄付。さらに『タイガー・フェスタ』という震災復興チャリティプロレス興行も開催し、その収益も義援金として寄付している。
「そんなタイガー・ジェット・シンが、リングに上がれば悪のかぎりを尽くすわけだからね。プロレスは底が知れないよ、奥が深い。しかし、いまはシンのような本物のヒールがいなくなってしまったね。見た目だけシンや上田馬之助さんに似せたヤツはいるけど、形だけ似せても、覚悟と心が伴わなきゃどうにもならないだろう。シンや上田さんは、私生活をすべて隠して、プロとしての仕事を全うしたわけだからね。ヒールなら、ファンが5メートル以内に近づけないようなレスラーになれ! 怖くて目も合わせられないくらいになれ! と言いたいね」
コロナ禍以降、集客低迷からの復活を目指している今の日本のプロレス界。タイガー・ジェット・シンのような真のヒールが必要とされているのかもしれない。