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「机がマジで壊れるんじゃないかって…」“怒る名将”ポステコグルーのブチ切れ伝説…“偽SB”松原健が語る「それでもボスが信頼された理由」
text by
二宮寿朗Toshio Ninomiya
photograph byAFLO SPORT
posted2024/02/12 11:03
2019年、松原健とJ1優勝の喜びを分かち合うアンジェ・ポステコグルー。アタッキングフットボールの当事者たちが語る「ボス」の素顔とは
「最初の石垣島キャンプでは、サイドバックに対して“もっと高い位置を取れ”という指示があって、僕としてはやりやすいと思いましたよ。元々、オーバーラップからクロスを上げるのは一番得意にしていました。ここ(F・マリノス)に来た2017年はチーム戦術もあってだいぶその回数が減っていましたから、やっと自分の強みを活かせるような仕事ができるんじゃないかなって思った記憶があります」
自分のなかで期待感が高まっていく。しかしここで急ブレーキを掛けられてしまう。
「石垣島キャンプを終えて、次の宮崎キャンプでした。今度は“内側にポジションを取れ”という指示。まずどのようにやっていいかが分からない。もちろんミーティングでもバンバン言われたはずなんですけど、自分がしっくりきていないから頭に入ってこないんです。新しい戦術をみんな一生懸命やろうとはしているんですけど、僕としてはのみこめていないから全然うまくいかない。“無理に中には入らねえから”と心のなかではちょっと意地を張っていたところもありました」
ラインを背にする視界180度のエリアが、中に入ることで360度に景色が変わる。高校1年まではボランチやフォワードをやっていたとはいえ、10年にわたってサイドを主戦場に置いてきたのだから、ボスのオーダーに対して戸惑うのも無理はない。
ふとした拍子につかんだ“偽サイドバックの感覚”
ボスは選手個々にほとんどコミュニケーションを取らない。それが平等に接する、チームに規律をもたせるという意味において徹底したマネジメントであった。言いたいことはすべてミーティングで伝え、選手、スタッフ全員に共有させようとした。
松原が指揮官のミッションにうまく応えられていないのは、何より自分自身が分かっていた。コーチの松橋力蔵らに聞きながら、自分なりに消化しようとする。ボスは我慢強い人でもあった。コミュニケーションを個々にとらずとも、ウォーミングアップから選手の表情を眺め、スタッフからもつぶさに情報を集めた。苦悩する松原の変化をじっと待った。
「ふとしたときに」それは起こった。松原が振り返る。
「攻撃しようと左サイドから右サイドにボールが移ったとき、自分としてはボランチとの距離が遠かったんで無意識的に近づいてボールを受けたんです。そのときでした。ベンチサイドからボスの“ナイス”っていう大声が聞こえてきて、こういうことかって肌感覚でほんのちょっと理解できた気がしました。
そこからは自分なりにやっていきました。最初から中に入ってしまうと、相手も寄せに来て難しくなる。一瞬で相手の逆を取って、タイミングを見て入ることも意識しましたね」