NumberPREMIER ExBACK NUMBER
「1対1の勝負で命を取り合う時は…」永瀬拓矢が藤井聡太との“真剣勝負”直後に明かした“人の心を鷲づかみにする”《本音の肉声130分》
text by
大川慎太郎Shintaro Okawa
photograph byShiro Miyake
posted2023/11/27 17:00
藤井聡太に王座を奪われ八冠を許した永瀬拓矢九段(31歳)。藤井聡太との真剣勝負について対戦直後に明かしていた
対局日の夜に永瀬に電話をかけるようになったのは2年ほど前からだろうか。観戦記の後日取材の方法について相談した際に、「その日の夜に電話をいただけるのが一番ありがたいです。どうせ眠れないので」と言われた。対局日以外の予定は研究会やVS(1対1で練習将棋を指す)で埋め尽くされており、1日に10時間勉強している永瀬の時間を取材で奪うのは申し訳ない気持ちもあった。将棋会館で対局があった日は、終局後に控室で話し込むようになった。勝敗に関係なく、永瀬はいつもいろいろな話をしてくれた。勝負師だから詳らかにできないことはもちろんあるだろう。だが発せられた言葉は常に率直であるように感じられたし、「もっと強くなりたい」という根源的な意思が内側からあふれ出ていた。とにかく言葉の強度がものすごく、時には過剰になった。将棋にすべてを懸けているからこそだとは思うが、それは藤井だって同じだ。なぜこれほど人の心を鷲づかみにするようなフレーズを次々と吐けるのだろう。
藤井の八冠について「自分には関係ないことなので」
七冠の藤井聡太が最後の一冠を懸けて、永瀬が4連覇中の王座戦に挑んできた。2人は2017年5月から練習将棋を指す間柄で、永瀬は藤井への尊敬を隠そうともしない。藤井も永瀬との初タイトル戦となった2022年の棋聖戦五番勝負を防衛した後に、「私には永瀬先生しかいませんから」と語ったこともある。トップ棋士同士が練習将棋を指すのは異例で、その2人が八冠と名誉王座を懸けて激突するのだ。なんという運命なのだろう。
将棋記者として絶対に見逃せない大勝負で、私は4局すべてを現地に赴いて取材をし、原稿を書いた。全局、その日の夜に永瀬に電話で話を聞いており、それは4局合わせて130分にもなった。顔が見えない分、声の記憶は強く焼き付く。歴史的シリーズとなった第71期王座戦五番勝負を、永瀬のコメントから紐解いてみたい。
名物・陣屋カレー連投「カレーはスープだと思っています」
開幕戦はまだ残暑が厳しい8月31日に神奈川県鶴巻温泉の名宿「陣屋」で行われた。目を惹いたのは対局前日の記者会見だった。藤井に八冠が懸かっていることを聞かれた永瀬は「自分には関係ないことなので」と撥ねつけたのだ。後で真意を問うと、「リップサービスを求められていることは頭では理解しているのですが、正直言って面倒なんです。だから本音で喋るようにしています」と語った。
対局直前に盤面以外のことを考えたくないのである。だから、対局日の食事は昼夜で名物の「陣屋カレー」を連投した。「カレーはあれこれ気にしないで食べられます。カレーはスープだと思っています。ご飯を食べなくても、カレーだけ流し込めばいいので」と名言を吐いている。