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「1対1の勝負で命を取り合う時は…」永瀬拓矢が藤井聡太との“真剣勝負”直後に明かした“人の心を鷲づかみにする”《本音の肉声130分》 

text by

大川慎太郎

大川慎太郎Shintaro Okawa

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photograph byShiro Miyake

posted2023/11/27 17:00

「1対1の勝負で命を取り合う時は…」永瀬拓矢が藤井聡太との“真剣勝負”直後に明かした“人の心を鷲づかみにする”《本音の肉声130分》<Number Web> photograph by Shiro Miyake

藤井聡太に王座を奪われ八冠を許した永瀬拓矢九段(31歳)。藤井聡太との真剣勝負について対戦直後に明かしていた

 朝、先に姿を現したのは王座だった。生成り色の長着に、濃いねずみ色の羽織を合わせている。今期より、王座戦五番勝負の対局規定に和服着用を義務とすることが盛り込まれた。永瀬は前年までスーツで通しており、「和服ははだけてしまうのがどうしても気になる」と語っていた。

 開始早々、永瀬は狙っていた。先手の藤井が得意の角換わりに誘導すると、玉を4一に配する珍しい形で対抗した。「メジャーではないけど難しいところもある」と永瀬は話す。意表を突かれた藤井だが、抜群の対応力で乗り切った。先に後手の永瀬が形勢を苦しくしたが、それでも際どくバランスを保つ。藤井の猛攻が成立するかどうかの勝負になった。すると永瀬が先手陣の8八の地点に歩を打った。先手玉からはあまりに遠く、間に合うのかという危惧があったが、これが好手だった。「現状維持の手なんです。何もしないほうがいいと思ったので」と永瀬は取材で語ったが、ひたひたと藤井の攻撃が迫っている中で、現状維持でよしとできる胆力は永瀬ならではだ。

「1対1の勝負で命を取り合う時は無音で行うものでしょう」

 形勢が好転した後の永瀬の指し手は正確無比だった。いや、ピンチではないかと言われた瞬間はあったのだ。藤井が金をにじり寄った局面で、ABEMAの動画中継のAIは最善手として自陣飛車を示していた。飛車は受けには向かない駒で、それを最善と示すということは優勢でも難易度が高い局面である。

 だが、永瀬はそれをやってのけた。決め手なのに駒音を立てずに持ち駒の飛車を自陣に放ったのだ。永瀬は普段から駒音を立てない。なぜなのか尋ねると「駒音を立てて威圧するのは損だと思う。バチンと指して指が折れても困りますし(笑)。冗談はともかく、本来1対1の勝負で命を取り合う時は、無音で行うものでしょう」。

 この自陣飛車で勝負を決め、総手数150手の激闘を制した。幸先のいい1勝を挙げた永瀬だが、声はいつもと変わらず落ち着いていた。勝利の意味を尋ねると「五番勝負は3勝しないと1勝にならない。開幕戦に勝ててよかったけど喜びはないですね」と冷静に話した。

対戦相手の一文字「聡」を残して…

 対局翌日、温泉につかってからチェックアウトする際、永瀬は陣屋に色紙の揮毫を求められた。「鬼亀」と記すことが多いが、永瀬は「聡」と対戦相手の一文字を残して去ったのだ。

「ファンの方に喜んでいただきたい思いは常にありますが、特に意味はありません。私は文字に意味を込めるのは好きではないんです。ただとても気持ちよく揮毫できたので、今後はこれ一択で行きたいくらいです」と永瀬は明かした。気持ちよく書けたのは大事な開幕戦を制したからではない。歴史的シリーズで雌雄を決しようとしている時でも、藤井への思いは果てしなく深い。

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