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「あの体型でついていけるのか?」スカウトの疑念…“メジャー3000本安打”大記録の日、なぜイチローは悔しがったのか? 記者が見た「逆風と自信」
text by
笹田幸嗣Koji Sasada
photograph byGetty Images
posted2023/08/08 11:01
2016年8月7日(日本時間8日)、メジャー通算3000本安打を達成したイチロー
メジャースカウトの疑念「あの体型でついていけるのか?」
デビュー以来、イチローはメジャーのトップに君臨し続けてきた。しかし、そんな彼にもネガティブな風が大きく吹いた時期があった。デビュー前、01年のスプリング・トレーニングのことだった。
日本人野手として初のメジャー挑戦。95年の野茂英雄以降、故伊良部秀輝、長谷川滋利、佐々木主浩らが日本人投手の評価を高めていた。そんな流れがありながら、日本で7年連続首位打者に輝いたイチローには、どこか冷たい視線が投げかけられていたのも事実だった。疑心暗鬼な目を光らせていたのは米メディアだけでなく、メジャーのスカウトやユニフォーム組にも多くいた。
オープン戦で調整するイチローを視察にきたア・リーグのベテランスカウトはこんなことを言った。
「あの小さい体に細い腕と足。あの体型でメジャーのパワーとスピードについていけるのかな。右方向への強い打球は打てないと感じる」
対戦した敵軍監督は日本人メディアの前では「印象的な選手だ。スピードもあるようだし警戒しないといけない」と建前を口にしたが、自軍の番記者に語っている言葉が聞こえてきた。
「なんで彼は一塁へ走りながら打つのかね。あの打撃フォームでは95マイル(約153キロ)の速球を打てないだろう」
マリナーズの監督すら、イチローを理解できなかった
世界最高峰の場でありながら、米国の球界にも保守層は多くいた。マリナーズのルー・ピネラ監督でさえ、不安にかられていた。
キャンプ中のイチローは自身のベースとなる打撃技術を繰り返し調整し、体に叩き込む。これは引退まで続いた彼のルーティンだ。トップの位置は左耳横に収まり崩されない。ボールの内側からしなるようにバットを入れる。その上で右サイドに壁を作りしっかりと止める。チェックポイントを意識し調整に取り組めば、打球は自然と左方向が多くなる。だが、その真意を掴みきれなかったのか。指揮官はイチローに言った。
「右方向への打球が見たい」
さすがにイチローも完全無視を決めることは出来なかった。3月上旬のエンゼルス戦だったと記憶しているが、彼は全打席右方向へ打球を運んだ。
そのイチローにも課題はあった。日米球界で違う投球フォームの間合いだった。今では「1、2、の3」が日本流で「1、2、3」が米国流と表現されるようになったが、この違いを言葉で最初に説明したのがイチローだった。
米国投手に適応するため、イチローは右足を大きく上げていた振り子打法を小さくし、動きを省いた。新人時代の大谷翔平がシーズンを前に右足を上げるスタイルから「toe tap」(トゥ・タップ)と呼ばれるつま先を踏む形に変えたのと同じ理屈だ。かくして、イチローと大谷は米国でも異彩を放つようになった。