The CHAMPIONS 私を通りすぎた王者たち。BACK NUMBER
なぜ日本人は辰吉丈一郎に熱狂したのか?「撮影に恋人同伴で…」「引き分けでも負けを認める潔さ」“喧嘩自慢の不良少年”が愛された理由
posted2023/12/29 17:02
text by
前田衷Makoto Maeda
photograph by
BUNGEISHUNJU
※初出は2018年6月14日発売Number954・955・956号掲載の連載「[私を通り過ぎた王者たち。] 辰吉丈一郎」 肩書き、年齢は掲載当時のもの
1980年代から90年代にかけて、渡辺二郎、赤井英和、六車卓也、井岡弘樹らの活躍で活気づいた関西リングが、急カーブを描いて盛り上がったのは、1人のスーパースターの出現による。辰吉丈一郎である。
辰吉が世界の頂点に駆け上がったのは、91年9月19日。守口市民体育館でWBC世界バンタム級王者グレグ・リチャードソンに挑み、10回TKO勝ちでベルトを強奪。勝利の瞬間、21歳の新王者はキャンバスにうつ伏せになって涙を流し「生まれてきてよかった……」と印象的な言葉を残した。
書き手をも魅了する辰吉の「強烈なエゴ」
プロ8戦目での世界奪取は当時の日本人の最短出世記録だった(今は田中恒成の5戦目)。辰吉は28度リングに上がって20勝14KO7敗1分。世界王座に君臨すること3度。防衛は通算2度にすぎない。数字だけではわからないが、歴代王者の中でも、彼ほどカリスマ性の高いボクサーも珍しい。
筆者の手元には、辰吉に関する書籍が20冊ほど並んでいる。自伝あり、写真集あり、著名な歌人の著作もある。1人のボクサーについてこれほどの書籍が刊行されたのは、モハメド・アリを例外にすれば他にないだろう。波瀾万丈、拳闘王、修羅の華、黄金の獅子――本のタイトルに用いられた言葉からもただの王者でないことは分かる。
長年の経験からいうと、ボクシング本は内容の良し悪しを問わず、売れない。ファンは読むより、見て理解したがるからという説もある。それでも、多くの“辰吉本”が世に出たのは、読者だけでなく、著者も魅了されたということもあるはずだ。
個人的なエピソードを添えておく。前述のブームに便乗して、当時専門誌の発行元に頼まれて「辰吉ムック」に関わった時のこと。刊行の話が大阪帝拳ジムにうまく通っていなかった。これに腹を立てた吉井清会長から「辰吉で金儲けしよういうんか!」と怒鳴られた。東京の帝拳ジムの仲裁でトラブルは収まったが、長年に渡りボクシング専門誌に携わる上で金儲けなど考えたこともなかっただけに、これはこたえた。