オリンピックへの道BACK NUMBER
羽生結弦の“気遣い”に音響スタッフも驚いた…アイスショーも担当した矢野桂一に“羽生が掛けた一言”「そういう風に思ってくれてたんだな」
text by
松原孝臣Takaomi Matsubara
photograph byAsami Enomoto
posted2023/01/23 17:01
2019-20シーズンなどで使用された『Otonal』は、プロローグの準備で苦戦したプログラムでもあった
代替策として矢野がとった方法とは?
「オペレーターをするとともに、コンサートの録音もしていました。そのライブの音源であれば、原曲ではないので使えるかもしれないと思いました。ただライブ音源そのままだとテンポ感など音の感じが違うので、プログラムのときに似せる作業を行いました」
もう1つ、承諾を得る作業が難航したのはソチ五輪で金メダルを獲得した2013-2014シーズンのフリー、『ロミオとジュリエット』だった。
「ショーでは映像の振り返りで見せていた作品です。こちらもプログラムコンサートのライブ音源をもとに準備しておくことにしました」
矢野氏も驚いた「そこまで気遣いができる人なんだ」
ADVERTISEMENT
準備における次のエピソードも、羽生の音へのこだわりをうかがわせた。
「コンサートでは、近い位置のマイクでバイオリンの音を録ったりするために『引き返し』の音が若干聴こえたりします。そういうところが彼はすごく気になったようで、『その音をとってほしい』『もう少しまろやかにしてほしい』というようなリクエストがありました」
その意図は羽生の演奏者に対する気遣いでもあった。
「羽生選手は『川井郁子さん(ヴァイオリニスト。川合の楽曲『ホワイト・レジェンド』を羽生がプログラムで使用したほか、プログラムコンサートに出演し演奏している)がこの音で問題なければ良いのですが』と言っていたので。でも実際の演奏者はオーケストラのコンサートマスターのソロの部分でした。その言葉を聞いたときに、そこまで気遣いができる人なんだなと感じました」
音響チームの作業は、開幕日の朝まで続いた
実際の公演では映像とともに流すから、映像としっかり合わせることを意識し、羽生の要望にも応えつつ、作業は続いたと振り返る。
「徹夜して、開幕日の朝までかけて仕上げました」
『ロミオとジュリエット』は使用の承諾を得られないまま、矢野氏が仕上げた音源を使用することで乗り越えた。
一方、『Otonal』は異なる展開を見せた。
「八戸公演の前に先方から連絡があって、『ぜひ使ってください』と承諾を得ることができました、と連絡がありました」
こうして八戸公演では、矢野氏の用意した音源ではなく本来の曲を使うことが可能になり、『Otonal』は披露されることとなった。
いざ会場では、音響としてひと手間かけた。