将棋PRESSBACK NUMBER
〈藤井竜王に先勝〉広瀬章人八段が「大きな自信になりました」と語った日…羽生善治48歳、藤井聡太17歳との“アウェイでの勝利”とは
text by
田丸昇Noboru Tamaru
photograph byJIJI PRESS
posted2022/10/12 17:02
竜王戦第1局、感想戦に臨む広瀬八段(左)と藤井竜王(代表撮影)
翌日には「鷹揚」と書いた色紙を報道陣に見せた。落ち着いて悠然としている意味で、自分の性格を表わしているという。だからこそ自分への逆風を乗り切れたのだろう。
19年王将リーグ、藤井七段との対戦で生まれたもの
2019年11月、王将リーグの最終戦で広瀬竜王と藤井七段が対戦した。両者はともに4勝1敗で、勝者が渡辺明王将への挑戦権を得る。
藤井が挑戦者になれば、屋敷伸之九段が四段時代に打ち立てた17歳10カ月の最年少記録を更新し、17歳5カ月でタイトル戦に登場する。それを見越して多くの報道陣が集まった。最高タイトルの竜王を保持している広瀬は、またしても「アウェイ」のような立場になった。
広瀬-藤井の王将戦は激闘が繰り広げられ、終盤で広瀬の疑問手によって藤井が勝ち筋になった。しかし、藤井は1手60秒の秒読みに追われている状況で、広瀬の王手に対して応手を誤り、逆転負けを喫した。
藤井は終局後に「最後に間違えてしまいましたが、今の自分の実力かなと思います」と語った。悔しさを押し殺したような表情だった。
藤井は2016年12月のデビュー戦以来、公式戦で快進撃を続けてきたが、広瀬に敗れてさすがに落胆したようだ。その後、師匠の杉本昌隆八段に「手が見えない」と弱音を吐くこともあったという。棋士人生で初めて挫折感を経験した。
しかし、自分の将棋を根本から見詰め直す契機ともなった。2020年4月から2カ月間、コロナ禍による政府の緊急事態宣言の発令で対局できなかった時期は、自宅で高性能の将棋ソフトに解析させて、苦手にしていた序盤作戦の改善に努めた。
藤井が初タイトルの棋聖を獲得したのは2020年7月。「禍を転じて福と為す」という格言があるが、広瀬との逆転負けやコロナ禍での自習生活を経験したことで、一気に飛躍したといえる。
今期竜王戦の第1局は先手番の利を生かし…
今期の竜王戦第1局は、振り駒で広瀬が先手番に決まり、「角換わり腰掛け銀」の戦型になった。
ちなみに直近の3局は、藤井がいずれも先手番で、「相掛かり」の戦型から攻め倒して連勝した。
広瀬は先手番の利を生かして先攻し、「妥協すると悪くなると思った」(局後の感想)として、中盤で▲6三銀と捨てる強手を指して攻め続けた。さらに厳しく寄せていくと思われたが、一転して地味な手順で有利を広げていった。