オリンピックへの道BACK NUMBER
「羽生結弦は引退」と書いた“フライング報道”への違和感…本人発表を待たないスクープの“リスク”とは「選手の心理が変わることもある」
text by
松原孝臣Takaomi Matsubara
photograph byAsami Enomoto
posted2022/07/21 11:00
7月19日、会見にて今後について明かした羽生結弦
本人発表の前にスクープ報道を行うリスク
報道および一連の出来事について考える中で、思い起こすことがあった。以前の冬季五輪の選手を巡る報道だ。
試合を終えた後、ある選手を巡り「引退へ」「引退を決めた」と複数のメディアが報じた。だがその選手はのちに引退を否定し、現役を続行したのである。
その選手について、私はのちに記事を書く機会があった。一連の経緯について触れた上で、「誤報」と表した。すると直接ではなかったが、当の記事を書いた記者の周囲のメディアの人たちから「あれは間違いじゃない」「誤報じゃない」と反論に近いリアクションがあった。
のちに聞いた話だが、彼らがそうリアクションした背景にはこのような経緯があった。
レースのすぐあと、本人が「もう引退しよう」と考えていることを周囲の関係者が耳にし、関係者から記者が聞いたのを根拠として「引退へ」という記事が流れたのだという。
その後に選手の考えがかわったのだということだったが、試合直後と間を置いてからでは、選手の心理が変化することはある。感情の高まりから一度はやめようと思ったとしても、身近な人にもそう語ったとしても、試合の直後からひととき間を置いて冷静になってから、競技を続けようと考えるのは決して珍しくはない。
選手自身が公に明らかにしていないうちに、特に進退などを巡る内容を伝えるのはリスクが伴うし、この選手の件も、選手本人が否定した以上、誤報とならざるを得ない。
羽生が考え抜いた言葉と、「引退」と書いた事前報道
羽生の会見に戻る。さまざまな角度から語った言葉の本意はどこにあったのか。例えば次の言葉は、それを端的に示しているように思える。
「フィギュアスケートって、現役がアマチュアしかないみたいで不思議だなと僕は思っているんですけど。実際、甲子園の選手が野球を頑張っていて甲子園で優勝しました。プロになりました。それは引退なのかなと言われたらそんなことないじゃないですか」
冒頭にも記したように、会見の意図は、次へと向かう決意、決して引退ではないことを伝える、まさに決意表明にあった。時間をかけて考え抜いた言葉があった。会見を終えた今、会見を前に“引退”として伝えられた内容はどう映るだろうか。