酒の肴に野球の記録BACK NUMBER
「また審判叩きが始まるのか」佐々木朗希と白井球審の件で思い出す“暴行・恫喝の過去”… ロッテ元守護神が判定技術を称賛するワケ
text by
広尾晃Kou Hiroo
photograph byHideki Sugiyama
posted2022/05/04 11:04
思わぬ側面で話題となったプロ野球の審判だが、細かな1つ1つの判定をジャッジしているのは事実だ
監督や選手の中には、自分より年弱で、野球人としては大した実績を上げていない人物が審判として試合を仕切ることを「片腹痛い」と感じている人がいたのだろう。さらに、野球ファンの一部もこれに同調した。
こうした風潮に少し変化が見えたのは、1997年に起こった「マイク・ディミュロ事件」だった。
マイク・ディミュロはMLBからNPBに技術交流の目的で派遣されたマイナークラスの審判。6月、岐阜・長良川球場での中日-横浜戦で、中日の大豊泰昭が球審ディミュロのストライクの判定に抗議したところ、ディミュロはボール気味の次の投球を「ストライク」と宣した。
ジャッジの権限が球審にあると強調するために、懲罰的にストライク判定をしたのだが――これに怒った中日の星野仙一監督、コーチ陣がディミュロを取りかこんだ。
大きなショックを受けたディミュロは、翌日辞表を出して帰ってしまった。
米メディアにも大きく取り上げられ国際問題に
今ではこうした懲罰的なストライク判定はMLBでも認められていないが、この時期はMLBでもしばしば見られたようだ。
事件はメディアで大きく取り上げられた。アメリカメディアも「審判が恐喝された」と大きく取り上げた。ちょっとした国際問題になったのだ。
この時期、野茂英雄がMLBに挑戦して大活躍し、アメリカの野球に日本のファンが注目し始めていただけに、前述した行為は「恥ずかしい」「マナー違反」だと批判されるようになった。
そもそも野球のルールでは「ストライク、ボール」の判定に選手、監督、コーチは抗議できない。そのルールを無視したふるまいには、弁解の余地はなかった。
審判がプレーボールしない限り、試合は始まらない
スポーツマンシップの考え方では「フェアプレー」とは「ルールを正確に理解し、守り、尊重し、審判に敬意を払い、相手チームにも敬意を払う」ことだと規定されている。
審判は「Master of Game」であり「プレー!」と審判が手を上げない限り、試合は始まらない。そしてすべてのプレーは審判の管理の下で行われる。
「でも、審判だってミスをするじゃないか」
そう主張する人もいるかもしれないが、審判に「無謬性」は求められていない。選手同様、審判も時にはミスをする。しかし不完全な人間がやっているスポーツでは「それも競技のうち」ということになる。