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藤井聡太vs渡辺明の王将戦第1局は将棋史に残る激闘… 棋士の視点から“驚きの名局”を振り返る〈衝撃の▲8六歩、両者1分将棋〉
text by
田丸昇Noboru Tamaru
photograph byJIJI PRESS
posted2022/01/17 11:02
渡辺明三冠と藤井聡太四冠の王将戦第1局は両者1分将棋の最終盤まで拮抗した名局だった(代表撮影)
渡辺には「冬将軍」という別の異名がある。1月から始まる王将戦で3連覇(通算5期獲得)していて、2月から始まる棋王戦では9連覇している。寒い季節のタイトル戦にめっぽう強い。
さらに、渡辺は王将戦第1局が行われる掛川城での対局で6戦全勝しているのだ。藤井は対局前日の記者会見でそれを知らされ、「あまりうれしくないことを聞きました」と苦笑いしていた。
渡辺ー藤井の頂上決戦に、メディアも大いに注目している。新聞・テレビ・雑誌など、例年よりかなり多い20社以上が取材に訪れた。王将戦を取り上げたあるテレビ番組では、本サイトの常連執筆者で漫画家の千田純生さんが、両者の対局姿を描いたイラストが紹介された。
掛川城の対局室にほど近い会場では大盤解説会が開かれ、定員80人に約8倍の申し込みがあったという。掛川市内のホテルで開かれた解説会にも、多くの将棋ファンが訪れた。
王将戦第1局の開始時に「振り駒」が行われ、5枚の「歩」の駒のうち裏の「と」が多く出て、藤井の先手番に決まった。
1日目の午前中は序盤の駒組手順が進み、両者が飛車を縦に働かす攻撃的な「相掛かり」の戦型になった。
森内九段も「これまでの常識ではありえない」と
昼食休憩が間近の12時24分、藤井は11分の考慮時間で▲8六歩と指した。この手を見た控室の棋士たちは、「何だ、この手は」「うそでしょう」「アマが指したら注意されそう」などと、驚きの声を上げた。
立会人の森内俊之九段は「何が起きたか分からないぐらいの衝撃で、これまでの常識ではまずありえない」と語った。
写真の部分図は、藤井(下側の先手)が指した▲8六歩。自陣の守りの歩をひとつ進めたのだが、控室の棋士たちはその意味を理解できなかった。次に▲8七金と上げて▲7八玉と囲う手順が想定されるぐらいだ。
渡辺も予想外の一手に驚き、昼食休憩を挟んで91分も長考した。主に前記の▲8七金以下の手順の対策を考えたようだ。ただ藤井は、そのように指すつもりはなかったという。実戦は別の手順で進んだ。渡辺は結果的に無駄な長考をしたことになり、その時間ロスが終盤で響いた。
藤井は「相掛かりの戦型で部分的にある手。指してみようと思いました」と局後に語り、以前から考えていた着想だったという。渡辺を迷わせる意図はなかったようだ。