私こと田丸昇九段は、藤井の▲8六歩の一手が以後の戦いで、どんな存在になるかと注目していた。実戦では、相手の攻撃目標にされたり、攻めの足場になったりと、時々で善し悪しは変わっていた。藤井の狙いが判然としないまま、その8筋の歩は何も動かないで終局した。

「何がどうなのか、難しくてまったく分からない」

　中盤では押したり引いたりの攻防戦が続き、終盤では激しい寄せ合いが繰り広げられた。形勢は何回か入れ替わったようだ。大盤解説会で棋士たちは「何がどうなのか、難しくてまったく分からない」と語り、お手上げの様子だった。形勢判断を的確にするAIもずっと互角の表示で、やっと終局の10手ほど前に藤井の勝勢を示す数値に上がった。

　両者は持ち時間を使い切り、1手60秒の秒読みに追われた。藤井は最終盤で分からないまま指し続けたそうで、勝利を確信したのは渡辺の玉に詰みが見えた投了の数手前だったという。

　2日目の1月10日19時27分。藤井が139手で勝ち、王将戦第1局で先勝した。渡辺は無敗だった掛川城での対局で、ついに落城となった。

　投了図の局面は「不動駒」が1枚だけだった。開始時に盤上にあった両者の40枚の駒のうち、一手も指されなかったのは、藤井（先手側）の1筋の最下段にいる「香」。それが将棋史に残る激闘ぶりを物語っている。

渡辺明王将（右）との対局を終え、大盤解説会場であいさつする藤井聡太竜王（中央） ©JIJI PRESS

藤井竜王、まさかの車掌コスプレも！

　王将戦のタイトル戦では、勝者が終局後に対局場に合わせた「コスプレ」をして、その写真がスポーツニッポンの紙面に掲載されるのが恒例だ。いわゆる「勝者の罰ゲーム」である。

　過去には、渡辺は栃木県の対局で「那須与一」、静岡県の対局で「茶摘み娘」に扮し、島根県の対局で「どじょうすくい」を演じた。羽生善治九段は、新潟県の対局で高速船の「船長」、東北の対局で「松尾芭蕉」に扮した。

　藤井は終局後、和服姿のまま「大神楽」のように和傘を手に持って回し、茶摘み娘から紙吹雪を浴びた。翌日には天竜浜名湖鉄道の掛川駅を訪れ、乗務員用の帽子と制服を借りて「車掌」の姿になった。大の鉄道好きの藤井にとって、何よりもうれしいご褒美のコスプレだった。

　王将戦は始まったばかりだ。第2局は1月22、23日に大阪府高槻市「山水館」で行われる。

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