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[目撃者の証言]私が見た王者・藤井――鬼頭孝生(日本将棋連盟名古屋支部 名誉会長)「板谷一門の思いを継ぐ怪物くん」
posted2022/01/20 07:01
text by
君島俊介Shunsuke Kimishima
photograph by
Miki Fukano
その姿を追うカメラマン、番勝負の舞台の女将、地元東海棋界の重鎮、将棋中継の革命者、将棋沼にハマった芸人、女流棋士にして観戦記者。6人が間近で見て、感じて、魅了されたヒーローの横顔を明かしてくれた。
「鬼頭さんでは、もう藤井には勝てません」と杉本(昌隆八段)先生に言われたのは、藤井さんが杉本門下になって1年くらいたったころでした。私も昔は中央大学在学中に学生王座戦などで優勝してきましたので、奨励会に入った人とはよく対局をしているんです。板谷一門の小林健二九段や中田章道七段が入門するときも、彼らの出身地の香川や富山まで藤井さんの大師匠にあたる板谷進先生と行って試験手合をやったものです。
それが、杉本先生に「そろそろ、1回藤井くんと指したいと思うんだけど」と言ったら、「もう無理です」と。小学5年生なのに、それほど強くなってしまった。杉本先生は藤井さんの素質を見抜いていらっしゃったんですね。先生にそう言われたので、それ以来藤井さんと指す機会はありません。
藤井さんの存在を知ったのは、「テーブルマークこども大会」で活躍するようになってからです。当時から詰将棋の才能が抜群で、解く速さが話題になっていました。私は大会の運営を手伝っていまして、藤井さんが出ているのを見たのが最初です。
藤井さんは5歳で瀬戸市にある「ふみもと子供将棋教室」に入りました。教室を運営・指導する文本(力雄)くんの教育方針は、詰将棋を子どもにやらせるんです。口頭で詰将棋の駒の配置を言って、図面を子どもたちに書かせて解かせていました。それは僕なんかでも高度なことです。こうした取り組みが藤井さんの成長に役立ったと思いますね。