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統一戦延期で「心に穴が空いた」井岡一翔はなぜ大みそかのリングに立ったのか? 原点回帰した王者に挑戦者は脱帽「完璧なボクサー」
text by
渋谷淳Jun Shibuya
photograph byHiroaki Yamaguchi
posted2022/01/04 17:05
友人の槙野智章から受け取ったヴィッセル神戸のユニフォームを身にまとい、試合後の会見に臨んだ井岡一翔
「どんな相手でも迎え撃つ」チャンピオンの責務とは
ところが井岡はわずかな期間でこう考えるにいたったという。
「僕の言葉ひとつで試合するかどうかが決まる。そこに福永選手が(アンカハスと同じ)サウスポーで、アジアチャンピオンでいた。これは僕にとっての流れ、逆にラッキーだと思った」
逆境にありながら前に進むためにはどうすればいいか考えた末の結論だった。その土台となったのは、井岡がチャンピオンとして培ってきた経験とプライドだった。
「チャンピオンだからといって『統一戦だけしたい』とふんぞり返っていても自分の流れにはならない。チャンピオンとしてどんな相手でも迎え撃つことが、次にやりたい試合にもつながると思う」
井岡が初めて世界チャンピオンになったのは2011年2月のこと。以来、10年以上にわたりトップ戦線で戦い続け、世界戦の数は日本人ボクサー歴代最多の21まで伸びた。チャンピオンだからといって希望する舞台にばかり立てるわけではない。むしろモチベーションが最高に上がる試合はまれであり、「格下」とか、「勝って当たり前」という試合が少なからず用意される。こうした試合はリスクが大きく、逆に勝っても得られるものは少ない。
それはチャレンジャーにチャンスを与えることが、チャンピオンに課せられた大きな責務だということでもある。井岡は大きな試合も、そうでない試合も数多くこなし、「チャンピオンとは何たるか」をだれよりも感じ取ってきた。現在の日本ボクシング界において、井岡ほど「円熟のチャンピオン」という言葉がふさわしいボクサーはいないだろう。