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「9秒95より速く走るためには…」100m山縣亮太、日本新記録を引き出したコーチが日本選手権に向け考えていること 

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松原孝臣

松原孝臣Takaomi Matsubara

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photograph byKiichi Matsumoto

posted2021/06/23 11:04

「9秒95より速く走るためには…」100m山縣亮太、日本新記録を引き出したコーチが日本選手権に向け考えていること<Number Web> photograph by Kiichi Matsumoto

6月6日の布勢スプリント決勝で念願の日本新を記録した山縣。25日の日本選手権100m決勝は五輪の選考レースとなる

「近くの陸上競技場で視覚障がい者の方が伴走者をつけて練習していました。選手の人がもう一本行きたいと言っていて、でもガイドランナーが走れなくて練習が中断するのを目のあたりにしました。サポートする人の人材が足りていないんだな、というのが興味を持ったきっかけです」

 ボランティアとして手伝いをする中で、「目が見えないのにものを認知することに対して感覚が研ぎ澄まされていて、僕らにはできない能力を発揮している。その世界を奥深く知りたいと思いました」

 そこから指導に足を踏み入れた。そのとき心がけたことがあった。

「前提としてパラアスリートとまったく同じ経験はできません。なので、どう教えるかの答えは今もでていません。でも僕も日常生活で彼らと似たように、道具へ感覚を“転移”してやっていることはたくさんあると思ったんです。例えば、お箸。つるつるやざらざらなど、触れるものの触感が自分の指のように分かる。スポーツの世界の例だと、スノーボードはブーツを履いて板をコントロールする。どうコントロールして、雪上との関係性をどう感じているのか、そういった経験や感覚を頼りに、対話によって義足で走る人との感覚を紡ぎ出していくのが大事なことだと思っています」

 想像力を駆使すること。対話を意識すること。この2点が土台となった。

 山縣に先んじて、高野氏は寺田明日香(100mハードル日本記録保持者)の指導もしている。

「想像力というところは、寺田や山縣に対してもいきているんじゃないかと思います。例えばもし自分が今10秒00で走れるとしたら、と置き換えて山縣と対話する発想はパラの知見から来ていると思う」

プロコーチの覚悟

 2018年、高野氏は高校の教員をやめてプロのコーチとしてスタートを切る。安定した収入を投げ打っての決断の理由は、選手にあった。中でも指導していた一人、リオデジャネイロパラリンピック代表の高桑早生との出会いが大きかったという。

「部活の顧問もひっくるめて学校の先生でオリンピックやパラリンピックに出る選手と出会うことはほぼないと思います。1回の出会いを大切にしたかった。なのに週1回や2回のコーチングで2020年を迎えて、コーチとして納得するのか、選手も納得するのかと考えました。できる限り選手に時間を使い、選手に最大限のパフォーマンスを発揮させて僕も選手もやりきったよね、ここまで最大の準備ができたよね、という状態で臨むことがコーチの仕事だと思ったんです。教員をやりながら実施するのは不可能でした。選手も覚悟を決めるなら僕も覚悟を決めようと思いました」

 その覚悟に家族も賛同してくれたという。

【次ページ】 コーチングが引き出した山縣の変化

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