濃度・オブ・ザ・リングBACK NUMBER
“フェリス女学院卒のプロレスラー”雪妃真矢が銀行員から“転職”した理由 「DDTを見てなかったら私は…」
text by
橋本宗洋Norihiro Hashimoto
photograph byDDTプロレスリング
posted2021/02/24 11:01
(左から)安納サオリ、雪妃真矢、赤井沙希。雪妃は異色の経歴を持つ女子レスラーとして新たな闘いに挑もうとしている
「もともと性格的にプロレスに向いてない」
アイスリボンは試合内容が安定していて、いつ見に行っても面白い。しかしそれでは“見に行くのはいつでもいい=今じゃなくていい”になりかねない。それに気づいて、雪妃は動いた。アイスリボンの風景を変えなくてはいけない。だが、その矢先にコロナ禍だ。興行自粛、5月に予定されていた横浜文化体育館でのビッグマッチも延期になった。アイスリボンは道場兼試合会場を持っており、そこで積極的に無観客試合を行なったのだが、状況が状況だけに“反逆者”が派手に動くのは難しかった。
「世の中が暗くなってるのに、後輩を挑発したりいたぶったりしてもなという葛藤はありましたね。無観客試合の時期はとにかく明るくハッピーなものを提供するのが一番。ましてアイスリボンのスローガンは“プロレスでハッピー”なので。本当はチャンピオンこそ率先して明るい大会を作っていかなきゃいけない。でも反逆するチャンピオンではそれができない。どうしたらいいんだろうと。ベルト挑戦が決まっていた(鈴季)すずにばかり、その明るさを担わせることにもなってしまって」
毒づき、挑発し「どうやったら対角の選手が怒るか、自分を憎んで本気で向かってくるか。そういうことばかり考えてました」。そういう自分に疲れていることにも気づいた。「もともと性格的にプロレスに向いてないんですよ」というのが雪妃の自己分析だ。
「自分最優先で前に出るというのが苦手で。太陽より月が好きなタイプなんです」
“フェリス女学院卒”の最初で最後のわがまま
彼女のプロフィールで最も有名なのは“フェリス女学院卒”であること。卒業後は銀行に就職した。親の期待に背かない人生に特に疑問はなかった。だから20代半ばでのプロレス入門は一大決心。「人生最初で最後のわがまま」だった。それすら「練習生として入ると同時に団体スタッフとして運営会社の社員になったので。これは“転職”だからということでなんとか一歩踏み出せたんです」。
デビューできるかどうか半信半疑、デビューしてもケガが多く、現役を長く続けられるとも思えなかった。スター選手など夢のまた夢、最初は「タッグ屋になりたかった」。魅力的なパートナーの隣にいる自分が気に入っていた。しかし周囲に活躍を期待されると、それに応えるためにシングル王者への道を進みだすことになった。先天的な才能ではなく、後天的な努力と覚悟で彼女はトップになった。だから今「くすぶってる」ほかの選手たちだってできるはずだと思っている。
「お客様を入れての興行ができるようになって、アイスリボンはユニットの動きがだいぶ活発になってきた気がします。“反逆”したかいもあったのかなって。じゃあ次はどうするか。今度は自分自身のため、雪妃真矢を応援してくれる人のために動くのもいいかなと。それがどういう形になるかは分からないんですけど」
そんなことを考えていた時にDDTからオファーがあり、ファンイベントに参加したこともある赤井とのタッグが決まった。心機一転の絶好の機会だった。