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「登山家が瞬間冷凍で亡くなっています」“自殺的行為”なのに…なぜ栗秋正寿は冬のアラスカ登山に挑み続けた?
text by
中村計Kei Nakamura
photograph byMasatoshi Kuriaki
posted2021/01/30 17:05
2007年フォレイカーの最終キャンプ(4080m)の雪洞で停滞中に栗秋が撮影した写真。頂上アタックのチャンスをひたすらに「待つ」シーン
栗秋 ほとんど待ってるだけですからね。私はよく判断力が優れているという言われ方をしますけど、アラスカの山では判断力はいらないんです。自分を殺すというか、五感を研ぎ澄ませて、いかに自然のサインを感じるかが大事なだけで。そうすれば、今日は遊ばせてくれるのか、それとも待機していた方がいいのか、アラスカの自然が教えてくれるんです。そこに早く登りたいとか、自分の願望が入ってしまうと、自然のサインを見逃してしまうことがある。
――あと、これもみなさんよく言うんですよ。楽しくなさそうだ、と。基本的には半分以上、雪洞で停滞しているわけですもんね。何をしているのでしょうか。
栗秋 何をしているかと言ったら、食事をつくってるという感じですね。水をつくる時間と食事をつくる時間で、6、7時間は使いますから。お湯をつくるだけでも1日あたり4、5時間はかけてると思いますよ。高所は酸素の濃度が薄いので、コンロのパワーが半減してしまうんです。なので、雪を溶かして飲料用の水を3、4リットルつくるだけでも優に2時間はかかります。あとは寝袋の中に氷が発生しないようにお湯を入れたビニールパックでアイロンがけをすることも大事です。小さいけれどもやらなければいけないことがたくさんあるんです。あと、信じてもらえないかもしれませんが、あんなに熟睡できる環境は他にないと思いますよ。本当に静かですから。究極の無音の世界です。天気が悪かったら、平気で12時間くらいは眠っています。
――じつは2011年の冬、私も栗秋さんと一緒にベースキャンプを張るカヒルトナ氷河に降り立ったことがあるんですよね。マイナス20度くらいだったのですが、「暖かいですね」と言っていて……。あそこは生命の匂いがまったくしませんでした。
栗秋 ときどき私の食料をねらって、ワタリガラスが飛来するんです。ただ、マイナス40度の温度計の目盛りが振り切れてしまうような日もありますからね。そんなときはさすがにワタリガラスも姿を見せません。
それは〈ばかげたこと〉か〈自殺的行為〉か
――レンジャー・ステーションで配布している『デナリ国立公園保護区での登山』という手引き書の日本語訳版の中には、公園内の冬の登山についてこう書いてあります。〈とてつもない危険を伴うので、山への挑戦というよりも、むしろばかげたことだと言えます。世界的な登山家がこれまでにも何人か、行方不明になったり、文字どおりの瞬間冷凍で亡くなっています! 冬場に強まるジェット気流の影響から、時速160キロメートル(時速100マイル)を超える風が山の側壁上部から吹き下ろしてきます〉。これはじつは栗秋さんが訳されたとか。