クライマーズ・アングルBACK NUMBER
“4人に1人が死ぬ山”K2の冬季初登頂 「ギャラも出ないのに山に登る意味はない」ネパール人が本気になった
text by

森山憲一Kenichi Moriyama
photograph byGetty Images
posted2021/01/25 18:00

K2(8611m)。登山の困難度ではエベレストをはるかにしのぐ
衝撃的だったのは2019年。今回のK2の中心人物でもあるニルマル・プルジャが、8000m峰14山をわずか6カ月6日ですべて登ったのである。8000m14山をすべて登った人はこれまで世界に40人ほどいるが、そのほとんどは達成に10年以上かかっており、最速記録でも7年10カ月だった。プルジャの文字通りケタ違いのパフォーマンスは、「ネパールに怪物あり」と世界を驚かせた。
プルジャはネパール人ではあるが、シェルパ族ではない。もともとグルカ兵の山岳部隊でキャリアを築いており、登山に専念するために部隊を辞めたという経歴の持ち主。14山にトライを始めるまで、世界の登山界ではほぼ無名の存在であった。
さらにいえば、今回のもうひとりのリーダー、ミンマ・ギャルジェ・シェルパも、8000m峰を13山登っており、すでに「シェルパ」ではなく「クライマー」として世界の登山界に注目され始めている人物だ。彼は2015年の段階で、アメリカの登山雑誌にこう寄稿している。
ADVERTISEMENT
「近年、私たちのなかには登山を単なる仕事以上のものと見なし始めている人もいます」
ヒマラヤ高所登山はネパール人の独壇場に?
K2とマカルー(8463m)に登頂経験のある山岳ガイドの松原尚之は、今回のK2冬季登頂についてこのような感想を語った。
「冬季など、あえて厳しい条件のときに登って記録的価値を見出す登山は、今後減っていくのではないかと予想します。今回の登頂は、そうした登山に価値が置かれていた時代の最後を飾るものなのかもしれません」
しかし同時に、これまで「影の実力者」としてささやかれてきたシェルパがついに表舞台に立つ時代の幕開けになったともいえる。
マラソンがアフリカ勢に席巻されたように、ヒマラヤの高所登山はネパール人の独壇場になっていく可能性もある。シェルパたちが持ち前の体力に先進的なクライミングテクニックとクリエイティビティを備えたとき、いったいどんな登山が展開されることになるのか。――それこそ「人間の枠」を超えた登山になるはずだ。
