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生前のクライフの“理論派監督”批判。
では、真に「美しいサッカー」とは? 

text by

永井洋一

永井洋一Yoichi Nagai

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photograph byANP/AFLO

posted2020/06/28 19:45

生前のクライフの“理論派監督”批判。では、真に「美しいサッカー」とは?<Number Web> photograph by ANP/AFLO

“フライング・ダッチマン”ヨハン・クライフは、優れた選手であるだけでなく、まさに革命家だった。

ファンハールは「指導者としては失格」。

 母国の後輩に対してクライフはこう言い放った。

「ファンハールはバルセロナの“一軍の”監督として、成績ではよくやっているでしょう。しかし指導者としては失格ですね。彼こそアヤックスのシステムを理論偏重に変えた張本人です。そしてそれ以上に大きな過ちは、下部の育成に長けた指導者たちを外したことです。育成には育成の実践があるのです。トップの監督が独裁者になってはいけないのです」

 自分は選手としての経験と実績に基づき、バルサに一軍の結果のみならず育成環境の充実という遺産を残した。その結果、テクニックとポジショニングに長けた選手が継続的に輩出され、チームが披露するスペクタクルなプレーにソシオも満足した。しかしファンハールは結果以外に何を残したのだ、とクライフは憤った。

 人々を魅了するバルサのフットボールを形作ったのは他ならぬ自分だという強烈な自信がうかがえた。

「テクニックが不足しているということ」

 クライフの憤りにもかかわらず、年々、選手1人ひとりのボールキープ時間は短くなり、フットボールはファンハールが得意とするような「約束事」に満ちた組織論が幅をきかせるようになっている。クライフにインタビューした'99年当時、既にその傾向は強まっていた。「プレッシングが厳しくなっている近年のフットボールでは、あなたの現役時代のようにテクニックを駆使しにくくなっているのでは?」という問いに、クライフは間髪を入れずに反論した。

「プレスを受けるのは、テクニックが不足しているということなんです。事前に良いポジショニングをし、優れたボールコントロールができれば、プレスは受けません」

 確かにその通りである。が、それはクライフだから言えることであり、クライフと同等の才能に恵まれねば、理想論の域を出ないのではないか、というのが当時の私の率直な感想であった。

'74年W杯、スウェーデン戦。後に「クライフターン」と名付けられた技が披露された瞬間、観戦していた全ての人が、あるべきところにボールがなくなったことに混乱した。ブラジル戦の1点目、ニースケンスのスライディングシュートを引き出したのはクライフのアーリークロスだった。当時は「アーリークロス」などという表現すらもなかった。そして自らが決めた2点目のジャンピングボレーはW杯の美技、名シーンにリストアップされる

 開催国・西ドイツ(当時)との決勝戦。密着マークをさせれば右に出るものなしとされ、噛みついたら離さないという例えから“テリア”というあだ名までつけられたフォクツを振り切り、西ドイツの誰一人にもボールを触らせないまま開始53秒でPKを獲得した高速ドリブルは、圧巻としか言いようがなかった。

 こうした衝撃的なシーンを次々に見せつけられた末に「テクニックさえあればプレスなど……」と言われても、どの選手にも実践できる理論として安易に同意することはできない。やはりあれはクライフならではの、誰にも再現できない特別なプレーだったと思わざるを得ない。

【次ページ】 クライフに匹敵する衝撃はいまだに……。

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