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千葉すずが教えてくれた「距離感」。
メディアから逃げる彼女との1対1。
text by
藤田孝夫Takao Fujita
photograph byTakao Fujita
posted2020/06/15 11:50
1990年代、日本水泳界を牽引した千葉すず。世界選手権日本人女性初のメダリストとなり、五輪にも2度出場した。
「きっといつか役に立つから」
とにかくすずが泳ぐプールに通うことだけは続けた。カメラマンの群れからインディペンデントするには、そうするしかなかった。いつもプールサイドにいる変なカメラマンとして認知してほしい、言い換えれば「当たり前」の存在になること。被写体の前で特別ではなく当たり前の存在になることで、きっと写真の世界は変わり始める。当然時間はかかる。撮り始めてから概ね4年後、僕は何となくそこにいて「当たり前」の存在になれた気がした。写真に写るすずの表情も、明らかに変わっていった。
「きっといつか役に立つから」よくそんな曖昧な口実で写真を撮らせてもらった。でもそれは「仕事(取材)じゃないから」というサインにもなる。良い方に転ぶ事もあれば、悪い方に転ぶ事もある。ただ被写体とカメラマンが1対1で勝負できた、いい時代だった。
もし、今の時代に現役だったら。
トップ選手のほとんどが何かしらマネージメント契約を結んでいる昨今では、到底考えられないシチュエーションだ。取材の形態はコントロールされ、選手はメディアから一定距離プロテクトされる。競技に集中するという意味と商業的には、間違いなく今の選手の方が恵まれている。仕事(取材)というフィルターを通さずして、メディアが対象のアスリートに接触することはほぼ不可能な時代になった。そこから生まれるジャーナリズムとは。
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ふと思う。もしも千葉すずが今の時代に現役だったら、メディアからプロテクトされた環境下で幸せだっただろうかと。スイマーとしての最後のシーンを、温かくプールサイドで迎えられただろうかと。自分は彼女にとって幾ばくかでもプラスの存在であり得ただろうかと。
「スポーツカメラマンとして一番気をつけていることは何ですか?」
折に触れてよく聞かれる質問である。正直つい最近まで、確たる答えは持ち合わせていなかった。でも今ならはっきり、きっぱりとこう答えよう。すずが教えてくれたもの。
「距離感」