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ドーピング処分解除で活動再開。
古賀淳也が挑む東京五輪の希望。

posted2020/07/14 07:00

 
ドーピング処分解除で活動再開。古賀淳也が挑む東京五輪の希望。<Number Web> photograph by AFLO

'18年4月の競泳日本選手権では得意の男子50m背泳ぎで大会9連覇。その18日後に禁止物質検出の通知を受けた。

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矢内由美子

矢内由美子Yumiko Yanai

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 地獄を見た男が再び泳ぎ始めた。競泳の'09年世界選手権男子100m背泳ぎ金メダリストで、'16年リオデジャネイロ五輪では男子400mリレーで日本の48年ぶり8位入賞に貢献した古賀淳也が、ドーピング検査陽性による2年間の資格停止期間を終え、5月16日から「競泳選手」としての活動を再開した。

「待ちわびていた日が来た。泳ぐのが楽しい。ずっと考えていた技術的な工夫を試せるのもうれしい」

 そう言って喜びを溢れさせた。

 目を疑うようなメールが国際水泳連盟から届いたのは、'18年4月23日だった。同年3月2日に受けたドーピング検査の結果、禁止物質の陽性反応が出たこと、4年間の資格停止となることが記されていた。身に覚えがなく、パニックになった。食事が喉を通らず、体重は2週間で8kg減。男子50m背泳ぎで4連覇を目指すはずだった'18年アジア大会の代表を取り消され、東京五輪も消えた。疑いを晴らそうにも手段が分からず、気づいたら涙ぐんでいる毎日。死が頭をよぎることもあった。

ドラマチックな復活を。

 原因は摂取していたサプリメントにあった。成分表に記載されていない禁止物質が混入していたのだ。当時の古賀は既に30歳のベテラン。反ドーピングへの意識を高く持ち、日常生活で口にするものにも細心の注意を払っていただけに、目の前が真っ暗になった。支えてくれたのは周囲の人々。意図的な摂取ではなかったことを訴えるべく、スポーツ仲裁裁判所に提訴したところ、'19年8月に主張が認められ、資格停止期間が4年から2年に短縮された。

 この2年間は風呂以外はほぼ水に浸かることのない生活を送った。足裏に全体重が乗る時間が増えたせいか、「靴のサイズが28.5cmから29cmになった」という。そして、活動再開を迎えるタイミングで期せずして決まったのが、東京五輪の1年延期だ。

「資格停止が4年のままだったら引退していた。それが2年になって現役続行の目標ができ、さらにゼロだった東京五輪に挑戦できる可能性も生まれた。このチャンスをものにできるかは僕の努力次第。2年間、うっすらと見える希望に向かってきましたが、今は情熱に火をくべているような毎日です」。ドラマチックな復活を心から期待したい。

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