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粟生隆寛は肉を切らさず、骨を断つ。
元世界王者、絶品カウンターの記憶。
text by
二宮寿朗Toshio Ninomiya
photograph byMikio Nakai/AFLO
posted2020/04/16 19:00
2010年11月26日、WBC世界スーパーフェザー級王者ビタリ・タイベルトに挑戦した粟生隆寛は見事なカウンターを決めて王座を掴んだ。
人目をはばからず、泣いてしまったこともある。
2006年秋、まだ日本タイトルへの挑戦が決まる前だった。「軽いスランプ状態」を自覚していた。頭でイメージする動きと、実際の動きがかみ合っていなかった。人目をはばからず、泣いてしまったこともある。
振りかえってみれば、苦しいことが多かった。
世界初挑戦では王者オスカー・ラリオスに判定負けを喫した。
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4回にダウンを奪いながらも、そこから相手のペースで戦ってしまった。再挑戦で戴冠したものの、指名挑戦者エリオ・ロハスとの初防衛戦では0-3判定負けでわずか4カ月天下に終わっている。
西岡利晃が「教科書」に。
目もいい、カウンターもいい、反射神経もいい。
逸材なのにどうしても詰めが甘い。爆発力が足らない。そういう評価が多かったように思う。
「僕は普段、怒ることないんです」と語るほどおっとりとした性格も、周囲のもどかしさを誘ったのかもしれない。
しかし世界タイトルを失った後、“自分を変えなきゃいけない”という意思表示を見せるようになった。ジムの先輩には同じサウスポーで世界チャンピオンの西岡利晃がいた。スパーリングを映像に収め、研究するようにもなった。
「ストレートを打つときの足の角度、前に置く右足の使い方。細かい1つひとつが、僕にとっては教科書になっています」
そんな折、世界再挑戦が決まった。1階級上げ、アテネ五輪銅メダリストのWBC世界スーパーフェザー級王者ビタリ・タイベルトが相手だった。
20勝のうち6KOと倒した数は少ないとはいえ、ダウン経験もなくテクニックに長けたやりにくいタイプだと言えた。