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朝乃山の大関昇進は大阪で……。
元朝潮・高砂親方、3度目の涙。 

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佐藤祥子

佐藤祥子Shoko Sato

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posted2020/03/31 11:30

朝乃山の大関昇進は大阪で……。元朝潮・高砂親方、3度目の涙。<Number Web> photograph by Kyodo News

自身と縁深い大阪の地で、愛弟子の朝乃山の大関昇進の伝達を受ける高砂親方。

弟子に涙し、弟子に励まされてきた親方。

 以下、「『悲しみ』と『歓喜』のオヤジの涙。朝乃山が紡ぐ高砂部屋の新たな歴史」(https://number.bunshun.jp/articles/-/839550) から引用したい。

     ◇     ◇     ◇

 1度目は、2007年8月、弟子の横綱朝青龍が「巡業を休み母国でサッカーをしていた」と波紋を呼び、騒動となった渦中でのことだった。

 当時、高砂部屋前にある居酒屋のカウンターの隅に陣取り、ひとりテレビを観ながら一杯ひっかけ、帰宅するのが日課でもあった親方だった。この日、用件を伝えるべく(一席分距離を取って座り)タイミングを窺っていると、親方は唐突にぽつりとつぶやいた。

「ふーっ……。俺な、これまで生きてきた51年のなかで今が一番辛いわ……」

 ふとその横顔に目をやると、高砂親方のあの細い目が赤く、どこか潤んでいるようにも思えた。

(中略)当時、連日マスコミに追い掛け回され、相撲協会内部からも突き上げを食らっていたのが高砂親方だった。協会理事であり、広報部長。何よりも弟子の指導監督責任を問われる“師匠”でもあった。メディアを通して見る親方は、一見、悲愴感を感じさせず周囲を拍子抜けさせるほどのキャラクター“大ちゃん”だったが(略)。

 そして2度目の涙は、2016年11月の九州場所、千秋楽のこと。この日は「名門高砂部屋 138年の歴史が途絶えた日」でもある。

 明治11年から実に138年ものあいだ、関取を途切れさせることなく輩出してきたのが高砂部屋だった。2010年2月の朝青龍引退後、ひとり関取として伝統を繋いでいた35歳の朝赤龍が、とうとう幕下に陥落することが決定的となったのだ。朝赤龍の弟弟子である朝弁慶は、この場所、1年間つとめた十両の座から幕下3枚目まで番付を落としていた。4勝を挙げたが、勝ち星がわずかに足りず、1場所での十両復帰は叶わなかった。十両9枚目、4勝10敗で千秋楽を迎えていた兄弟子に、祈りを込めるかのように力水を付けたのが、朝弁慶だった。

 しかし“十両入れ替え戦”として、幕下の希善龍にあえなく黒星を喫する朝赤龍。

 支度部屋で報道陣に囲まれた元関脇は、「自分で(記録を)途切れさせてしまうのは、先輩力士たちに申し訳ない」と、涙を堪えていたという。

 この日の千秋楽打ち上げパーティ終盤になり、焼酎の水割りを手にしていた高砂親方の元に、意を決したように朝赤龍が歩み寄った。

「親方、本当にすみませんでした……。幕下に落ちてまで相撲を取れるかわかりません。僕は親方に出会えて本当によかった」

 堰を切ったように涙をポロポロと流し、子どものように泣きながら思いの丈を伝える愛弟子に、一瞬驚いた高砂親方もまた、釣られるように涙を流す。

「おいおい、お前のせいじゃないよ。今までよく頑張ってくれた。朝青龍の引退後は、お前ひとりに負担を掛けて悪かったな。来場所からまた関取復帰を目指して頑張る姿を、若いやつらに見せてやれ。それが、関取として長年頑張って来たお前の仕事だよ」

 おしぼりでその目をぬぐいつつ、師弟は互いに肩を、腰を抱きながらさらに涙にくれる。この光景を、会場の壁際に並んでいた弟子たちの誰もが、見守っていた。

 なかでも朝弁慶は、自身の責任も痛感したのか――その大きな体を折るように、傍らにいる呼出しの肩を借り、いつまでも泣き続けていたのだった。この時、幕下14枚目だった、当時の石橋――朝乃山の目にも、この光景はしっかりと焼き付けられていただろう。

 パーティ終宴後、高砂親方は弟子たちを集め、涙をぬぐった笑顔で、自らをも鼓舞するようにこう言った。

「これをまた新たなスタートとして、新しい高砂部屋の伝統を、これからみんなで作って行こうな!」

 そして、年が明けての1月初場所。石橋が怒濤の幕下全勝優勝で新十両昇進を決め、「朝乃山」を名乗る。皮肉にも、涙の乾く間もないほどにわずか1場所途切れただけの記録となった。

 思い起こせば、新しい高砂部屋の歴史が、この時からスタートしていた。

     ◇     ◇     ◇

(以上 引用終わり)

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