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元箱根駅伝選手、指導者としてキルギスへ。
教え子の五輪出場を通して伝えたいこと。
text by
熊崎敬Takashi Kumazaki
photograph byJICA
posted2020/03/26 11:00
代表ユニフォームのデザインを考案。
キルギスは貧しく、競技に打ち込む余裕のある若者は少ない。そのため家畜の世話や勉学を理由で選手たちが脱落していく。それでも髙橋さんの言葉を理解して「自分のために走る」という若者も出てきた。
「若手に有望株がいて、でも家庭はとても貧しい。母子家庭で、母は庭で育てたトマトを路上で売って収入を得ていました。その子は本来走っている余裕はないのに、“ぼくは走りたいんだ”と泣いて母にお願いして、毎日練習に来てくれていました」
意識や練習内容を改革することによって、アジア大会優勝者が出たり、世界陸上に出場するような選手が出るようになると、髙橋さんは環境整備にも乗り出した。
大学の恩師を通じて日本からおさがりのシューズを送ってもらうと、貧弱な中古品に慣れた選手たちは目を輝かせた。
キルギス代表のユニフォームも制作した。中央アジア大会に同行すると、同国だけユニフォームがなく「みんなバラバラでボロボロのものを着ていました」。そのことに胸を痛め、自らデザインを考案。スポーツメイカーに勤める知人に頼んで制作してもらったのだ。それは東京2020の開会式でお披露目されるかもしれない。
探し続けていたシューズの破片。
今年1月に帰国した髙橋さんには、いまも忘れられない出来事があるという。
湖畔の砂浜で練習をしたとき、ある選手が練習後、下を向いて延々と歩き続けている。「どうしたの?」とたずねると、彼は練習中に割れたシューズの破片をひたすら探し続けているという。その子はやっとの思いで砂の中から破片を見つけ、うれしそうに接着剤でシューズを修復していた。
日本ではまず見られない光景。与えられた環境を受け入れ、黙々と練習をする選手たちの姿に髙橋さんは胸を打たれた。
濃密なキルギスでの日々を振り返って、髙橋さんは言う。
「ぼくはメンタルやフィジカルについては教えましたが、モノを大切にするということでは、むしろ多くを教わった気がします。世界は広く、日本の価値観がすべてではない。五輪を通じてそういうことが伝われば、個人的にとてもうれしく思います」
企画協力:国際協力機構(JICA)